石榴と孔雀 1


Timeline: Before EP1, after moving to Second Miltia City




 T.C.四七五五―第二ミルチア政府が先頭に立ち、U‐TIC機関討伐を目的とした組織、クーカイ・ファウンデーションを設立。かのミルチア紛争の折にネピリムの歌声で保護された二人の少年は、英気に満ちたヘルマー代表の勇断により、ファウンデーション運営管理の実質的な総指揮を任され、それから四年の歳月を経たのちのこと、ルベドとニグレドは以前の名を捨てるにいたった。
 ニグレドは表向きの代表理事ガイナン・クーカイとして、ルベドは彼の養子でありもう一人の代表理事ガイナン・クーカイ・Jr.として、所与された地位を確立すべくこれまで以上に各々の責務に従事し、ファウンデーションを急速かつ着実に成長させていった。しかし、そうして肥大していく現象は何も財団内に限ったことではない。例えば、ガイナン・クーカイという表の顔が定着しはじめれば、裏の顔である彼の養子のことも、蝿のように小うるさい世間に披露しなければならない。何しろ、簡単な偽造プロフィールを公表したきり、当の本人は一切メディアに顔を出さない。星団連邦に所属する財界・政界関係者、マスコミですら、今や右肩あがりの成長を見せつける怪しい財団法人を、子供のおままごと程度として見すごすことはできなくなっていた。仮初めの平和に慣れはじめた世間からしてみれば、成年に達したばかりですでに驚くべき手腕を発揮しているガイナンと同等の権力をもつ養子の噂などは暇潰しに最適であり、世襲用のセルフクローニングだの、愛人との隠し子だのと騒ぎたてる始末。そうした嫉視と嫌疑の圧力や馬鹿げたゴシップは、泥のようにねっとりとニグレドの体にまとわりつく。
 Mr.クーカイ、深窓のご子息はお元気かしら。豪華な船内を遊び回ってばかりいないで、私とワルツでも踊りましょうと伝えてくださる?
 つい先日に開かれた会合の席でも、相手先の令嬢が口にした皮肉が背後をよぎり、曇りのない鏡に映ったニグレドの顔は影に沈んだ。気持ちを切り替えようとするも執務室の清涼な空気ですら重々しく、気を張ってばかりの肩が一気にさがる。本日執り行われる憂鬱なパーティー用の真新しいスーツを木製クローゼットから引きずりだし、自分でもうんざりするほど緩慢な動作で袖を通した。
 ようやくシャツを着込んだところで、彼の記憶に留まっていた令嬢に対する、やけに明朗な返事が背後から届いた。
「いいね。ガイナン・クーカイ・Jr.のお披露目ついでに、シャム王のようなダンスでも踊ってみせようか」
声の主に意識領域へ侵入されていたことよりも、それを許すほど沈鬱な自分に驚く。ニグレドが振り返った先には、四年前と変わらぬ姿でベッドの上にあぐらをかく赤毛の少年の姿があった。多忙にかこつけて跳ね回った毛先の頭に、よれた黒いコートを引きずる普段と違い、今はかっちりとした純白のシャツに身を包みくつろいでいる。手元に挟んでいる本は、ゾラの『金』だ。
「なあ、ニグレド?」
 少年のまま時を刻まない兄の姿は、否応にも過去を彷彿とさせる。ゆるゆるとタイを締めるニグレドの脳内は、片隅の仄暗がりでファウンデーション設立直前の出来事を回想していた。