デュランダルの血脈 3


Timeline: After EP3 ending



 続・あるレアリエンの記録

 あれから、あなたは私たちに色々な絵本を読んで聞かせてくれました。私たちは幸福な結末が大好きでした。もしかしたら、私たちの傍にも女神様が隠れているかもしれないと、姉妹で輪になり、窓外の広大な宇宙の星々一つ一つを確認したこともありました。
 不幸な物語に私たちが涙すると、あなたは決まって、こう慰めてくれましたね―〝apprivoiser〟だよ、と。それが百万本のバラを前にして、はるか遠い故郷に咲く、たった一輪のつまらないバラを思う理由だよ、と。おまえたちに自分のすべてを賭して捧げたものがあるならば、何物にも別つことなどできやしない―例え海まで流れる時間であろうとも、仕事をサボろうとしない死神であろうとも、我が子を愛してやまない主にさえ。
 ちび様は読み聞かせが上手で、私たちは満たされていました。あの日々が懐かしい。あなたは様々なことを教えてくれましたね。言葉、文字、理学、哲学、倫理、宗教、文学、美学、芸術、歴史、天文、数学、軍事、政治、法、経済、生きてゆくためのおよそすべてを。私たちは誰かを喜ばせる術など知らなくて、捧げることが喜びでした。あなたに時間を、知識を、情報を、手足を、利益を、勝利を、命を、笑顔を、体温を、天使を、理由を。
 長い間、あなたが留守にしているものだから、一人が箱に戻り、また一人が箱に戻り、とうとう私一人きりになりました。この家で私が最後に見たものは、あなたの髪のように真っ赤な血だまりでした。私は赤色が好きだから、自分の中にもあなたと同じ色のものが流れている事実に安堵をしました。横たわり、何本もの足が赤い鏡の中で逃げ惑う様子を眺めていると、わたしは踊りだしたくなる―レース生地のドレスを着て、新品の靴を履いて、グリーン・ノウのようなお屋敷で、お相手は……。
「臭え」
「何が」
「血だよ。腐った魚みたいだ」
 兵士たちが血だまりを踏んで歩き、その足跡を見た一人が自分の靴底を床に擦りつけていました。私は自由に泳ぐ魚の姿を想像しようと瞼を閉じましたが、魚がどういうふうに泳ぐ生物であるか、あなたが教えてくれたのに思いだせません。この血だまりが乾いてしまえば、私の最後の一片も釣られた魚のように消えることになるでしょう。成長しない器に残るものはなく、私たちの元型サクラ・ミズラヒはあなたの中へ、キルシュヴァッサーたちはキスをした王子様の中へ、私たちは四九.二フィート四方の箱の中へ。モモお姉様は、きっと土の中へいく。
 U.M.N.がある限り、私たちは箱の中にいるの。ねえ、あなたは今、宇宙のどこの輝きにいるのかしら。U.M.N.の魔法が解けたとしても、私はあなたを待つでしょう。あなたの眼、逆さまの鏡が刺さっているし、辿りつくのは百年後かも。その上、四本しかない刺で自分の身を守れると信じている、困った人よね。一番の星は望まないの、どうか箱から出してちょうだい。
 あなたにもらった物語。十三番目の扉、赤い靴、塔、二本の足、毒林檎、西の魔女、パン屑、鯨の腹、荊、青い鳥、ガラスの靴、幸福、バラの花―どれも返すわ。私はあなたで出来ているから、あなたが閉じてくれないと。


 あるミュータントからの手紙

 ハロー、ハロー、ガイナン・クーカイ・Jr.―くそ、慣れねえな。やめた、やめた、ちび兄貴でいいだろ。まあ、今でも〝ちび〟かは知らねえが。
 あー、ええと、ちび兄貴―その、何ていうか、突然だが、ミズラヒ親子とスキエンティアの連中のおかげで、別銀河を航行しているエルザとの実験的な通信技術が構築されてね。その通信テストも何度か試行しているわけだが、今回、そのマイク担当を志願した―ハーヴェルJr.だ。忘れたとは言わせねえぞ。
 実際、あんたのいる宙域に接続できるかどうかも怪しいそうだが、U.M.N.消失時に比べりゃ相当な進歩だろ。今日は蹉跌をきたしちゃいても、明日には成功するかもしれんさ。それにしても、話したいことは山ほどあったのに、いざとなると思い浮かばねえもんだな。
 とりあえず、個人的な知らせがあるぜ。こんな俺も今じゃ所帯持ち、このたび無事に娘が生まれてね。あんたや親父にも見せてやりたいが、こればかりは残念、仕方ねえよな。
 ウルリッヒ家は代々くすんだ金髪と薄い瞳の色をしたガキしか生まれないと、あんたには話したことがあると思う。ロスト・エルサレム時代から一族の血も薄まったが、業ってのは深いもんだ。俺は自分の遺伝子が心配でな。
 ところが、生まれた娘の髪は何色だったと思う? あー、これが傑作でさ―聞いて驚け、燃えるような赤毛だ! まあ、妻の遺伝子だろうが、嬉しいね。瞳もセントラル湖のように青い。名前はゲルダにしようと思う。神話? それもある。意味ならいくらでも。とりわけ気にいってるんだ、いい名だろ。
 おっと―そろそろドミニクとレイラが迎えにくる時間だ。今日は湖畔で勧業博覧会があってさ。昔より規模は縮小したし博覧会も名ばかりだが、それなりにおもしろいぜ。何しろ、主催が老いぼれキングだからな。それに、余興の一つとして俺も得意の技を披露してやろうと思ってる。曲芸飛行だぜ、真っ赤な愛機デュランダルで! 俺の仕事はパイロットだ―っておい、呆れてくれるなよ? いっとう憧れてたんだよ。
 ちび兄貴、あんたが今どこで何をしているのか、俺は当然知らないし、知ろうとも思わない。この先もどうかな。新たなネットワーク通信網が日に日に拡大していても、彼方の銀河系まで届くには時間が必要だろう。そろそろ何かしら反応があってほしいもんだ。
 とはいえ、そう心配することもないぜ。俺たちは案外うまくやっている。グノーシスに襲撃されようが、宇宙から孤立しようが、今を生きる俺たちには明日がある―どこかで聞いた文句の裏返しだな。まあ、あんたの好きな西部劇の哀愁なんて、俺らには似合わねえだろ? 任せとけ、ハッピーエンドは朝飯前さ。
 ちび兄貴、もう二度と会わないだろうから言っておく。覚えておいてくれ。
 俺は変化が好きなんだ。木は紙に、葡萄は酒に、冬は春に、子供は大人になる。人はつながる。
 あんたが生んだ血脈は、俺らの意志で続くのさ。