輝く子午線・前


 

 サイレンだ。ぼくが最後に青白い夜空を見たとき、自分と現実の境い目をつないでいたものがあるとすれば、ふたつの時計の狂った秒針と、灼けた石畳を伝ってひびくサイレンの音だった。スタジアムの歓声でもなくジェラードの冴えたパスでもなくシェフチェンコの劇的なヘディングシュートでもなくオアシスのワンダーウォールでもなく寝台列車の横ゆれでもなく、甲高く歪曲しながら後方へと流れていくサイレン、青い回転灯。
 迷ったときには時計を見る。時は万事を暴露すると言っていたじゃないか。両腕の時計を確かめてみると、左のウィンドミルズは午前零時、右のアーノルド&サンは午前二時を指していた。ガタついた窓には欠けた月が浮かび、夜半の列車の揺れが少々強い風のごとく、男どもの獣じみた寝息とも相まって森にでもいるような気分だった。ぼくが二等寝台に戻ると、四人部屋の寝台の下段から、フランス代表シャツを着た男がおきだして地べたに座りこみ、ウクライナ・ウォッカでひとり酒盛りをしていた。鼻をあからめた男は呂律のあやしいロシア語でなにやら話しかけてきたが、ぼくのフーディからのぞくイングランド代表シャツをよくよく見るなり、もごもごとした英語に切り替えた。「イングランド、あんたも飲まねえか」
 ディディエとの出会いは六月十一日ポルタヴァ付近、午前二時で間違いない。両親がレユニオン島出身のクレオールであるディディエは、ぼくと同じく欧州選手権のチーム指定チケットを手に、キエフから走りつづける寝台列車をドネツクで降りて自国の応援に行くという。ぼく自身も含め、まとまった金もない若い連中は開催国であるポーランド・ウクライナ国内を列車で移動するに越したことはない。
 陽気なディディエ、贔屓のチームはASサン=テティエンヌ・ロワールらしい。「レ・ヴェールしかねえよ、葡萄畑や芝生のような一面のみどり!」酒の飲みっぷりも実に豪快だ。
 あんたは、の返しを誰でもいいから待っていたのかもしれない。大学院にも学外にも特に親しい友人はいないし、クリケット愛好家の教授相手に、四十四年ぶりのリーグ制覇、ぼくが生まれるずっと前からの悲願達成について熱弁したって寝耳に水、マンチェスター・シティ、と胸を張って答えられる場なんて限られている。
「ほほっ、プレミアリーグ優勝おめでとさん」ディディエは笑い、ウォッカの壜をぼくの胸に突きつけた。「おもしろい決勝だったよ、試合終了直後にサポーターが傾れこむところとか、特に」
 壜を受けとる自分の手のひらが誇らしさに汗ばんだ。目尻が火照る気すらした。
「どうしてイングランド代表シャツなんて着てるんだよ。シティのほうが堂々といられるぞ、行きも帰りもな」
 そっちこそ自分の顔に気をつけろ、とぼくはディディエに忠告した。ウォッカをひとくち飲み、蝋燭の炎をのどに押し当てたような、あまりの熱さで咽せそうになるところを隠すためにも。
「なんで、格好良すぎるってか」ディディエは大真面目に言った。
 違う、シティのナスリにそっくりだ、年頃もディディエのほうが二十九とはいえ似ている。本物が代表でも一悶着おこして間違えられたりしたら事だろう。
「そうなったら奴の代わりにプレーしてやるよ」ディディエはだらしなくにやけた。
 ぼくが今年からロンドンのインペリアルカレッジの院で、グリニッジ標準時の発信と英国社会について研究していることを説明すると、ディディエは垂れた眉と目をさらに垂らしてウォッカをあおった。
「なるほど、腕時計をふたつも巻いてる間抜けな格好も研究の一環ってわけだ」
 単なる癖だ、とぼくは両腕の甲を彼に向けてアナログ時計の盤面を見せた。左は常にグリニッジ標準時、右は現地の時刻に合わせて変更する、時に気分でも。いまはキエフだからロンドンより二時間はやい。きみは、とぼくは目の前で寝台に脚を投げ出している行儀の悪いフランス人に訊いた。
「アンシャンテ。おれはパリとロンドンのゲイクラブでボーイレスクをやってる」ディディエは言い、自分の背後にある寝台の上段を指した。「——と、連れがひとり。ロンドン側での同居人だ」
 うす暗い寝台の隅でシーツのかたまりがもぞりと動いた。芋虫のような動きを下から見上げていたディディエは、多少声をひそめることにしたらしく「ジュビリーやらオリンピックやらで多少は景気もマシになるんじゃねえかと踏んで、ここ数年はロンドンのほうに居たんだ」見事に外れたけどな、とぼくに耳打ちしてきた。まあ、暴動まであったくらいだし。彼はヴォクソールの劇場でロード・リッツとやらの前座をしたこともあるらしく、尊敬するパフォーマーはスペンサー・メイビー……安心してくれ、ぼくも知らない。ボーイレスクという芸道すら初めて聞いたが、バーレスクと同じく単純に脱ぐ姿を見せるのではなく、いかに脱ぐか、どう脱ぐか、のよくわからない表現を問われるという。ディディエは携帯電話を取り出し、自分のショーの動画を見せてくれた。舞台は体一貫を使うだけのきわめてシンプルなパフォーマンスだった。とはいえ彼自身の衣装はなんとも奇抜で、身体の右半分はタキシード、左半分は真っ白なドレス姿、まっぷたつに断切した身体の左右を交互に見せながら、パリジャンとパリジェンヌの痴話げんかをフラメンコのように切れた踊りで表現していた。クライマックスじゃ拳銃をひとりで奪い合うなんていう難しそうな演技もこなし、動画のディディエは最後の最後でようやく脱いだ。「上々の評価でさ、最後の公演にしちゃいい出来かなって」
 辞めるのか。ぼくが訊くと、携帯電話を仕舞っていた彼は「場所を別に移すだけ」と答えた。どこへ。
「スウェーデン」
 酔いが回ったところで宿について訊かれたが、ぼくがキエフに一週間アパートを借りていると教えたとたん、ディディエがウォッカを放り出して食いついてきたので気圧された。「ブラーヴォ、シティ!」
 要するにこういうことだ、彼らはウクライナじゃ宿なしで、ディディエは宿のシェアを提案する目的で同室のぼくがここへ戻るのを待ち構えていた、と。イングランドの試合を観るんならフランスとは明日の初戦以降スタジアムが入れ違いになるだろ、あんたがドネツクにいるあいだじゅう宿は空くはずだ、借りる日の金は前払いする、なっ問題ないだろ、利害の一致じゃん、あんたも寝台列車で一日宿代を浮かせるくらいの学生身分なんだし——「なっ、決まり」押し切られて釈然としない。
 リーグ戦が終わったらフランス代表を連れて本国へ帰れよ。そう言ってやれば、冗談、とディディエは鼻で笑った。「いまだにシティ優勝のお祭り気分が抜けてねえのか? ホジソンの即席チームと違ってな、おれたちゃ国際試合で負けなしだぞ」
 ぼくらはしばし初戦のゲーム予想に火花を散らし、ウォッカが尽きると早朝の食堂車に向かった。外はのぼりきった太陽で明るく、小高い丘にある炭坑の街ドネツクにほど近い。ディディエは野菜スープを掬い「ダイオキシン入りのスープだったりして」などと軽口を叩いては、列車の監視員に度々睨まれていた。
 手狭いカウンター席についたところで、ディディエが食堂車の入口に向かって手を振った。「こっちだ、イスクラ!」
 入口にはディディエの同行者がいた。小さな顔の半分を隠すような黒ぶち眼鏡に、おそろしく露出度の低い服装をした女だった。ディディエの紹介によると、イギリスで難民申請をしたウクライナ人とのことだが、ぼくは彼女の紹介をよく聞いていなかった。美人の多い国に違わず、羽毛の睫毛に上向き加減のつんとした鼻先、太陽に愛された肌つや、芝生のような髪の毛——〝火花〟という変わった名前を持つ、イスクラ。ぼくはてっきり彼女もウクライナ代表の応援で母国へ帰郷したのかと思ったが、どうやら理由は別にあるらしくシングルチケットも持っていない。
「ちょいとキエフに滞在する用があってな」ディディエが欠伸ついでのように言った。「おれたちゃ数日の宿が要るってのに、予約してたところを向こう都合で急に取り消されてさ、参るっての」
 イスクラは大きな眼鏡の奥にある目をしきりに瞬かせ、まわりを気にしているのか絶えずそわそわしていた。自分の国であるはずなのに警備員に怯えていた。きみら、恋人じゃあないのか。ぼくのこの問いには、ふたりしてノンときた。単に同居しているだけで、仕事で留守にする時間帯がお互い昼夜ま逆だから、顔を合わせることも少ないという。怪しい。大抵そう思うだろう。ぼくも訝った。疑りはしていたが「恋人ならスウェーデンにいる」とうっとりした表情を見せるディディエのとなり、黒パンの上の胡瓜をつついていたイスクラが「惚気だしたら長いんだわ」といった顔をするものだから思わず笑ってしまい、結果的に朝食で彼らと交わした笑顔がシェアの決め手となった。
 イスクラは背景に溶けこむほどの地味さだが、なんともいえない瞳の色をしている。ウクライナ国旗の二色を、馴染むまで混ぜたような色合いなんだな。
「あたしん家、クレシュチェチュクで靴屋をやってたのよ。そいで、あたしのロンドンの働き口は紳士靴の店だったわ」イスクラは言い、布で丁寧にくるんだ自分の道具を見せてくれた。ぼくはトンカチや鏝などの道具よりも、彼女の平べったい緑色の爪と木目のような手のひらから目が離せなかった。
「イスクラの腕はロンドン一じゃねえかな」ディディエはやたらと分厚い底上げ靴の踵を鳴らして言った。彼のブーツはヒールにも見えるつくりで一風変わっている。「直してもらった靴底、めちゃくちゃ調子いいんだ」
 寝台列車を降りるまでのあいだ、イスクラは使いこんだ鉄の道具からブラシを取り出し、ぼくが履いているルイスレザーの青いスニーカーを徹底的に磨いてくれた。ぼくが靴を脱げばいいものを、彼女が当然のようにひざまずいてしまうと自分がまるでシンデレラじゃないか。
 踵のすり減りをのぞいて、ぼくの青いレザースニーカーは存外ぴかぴかになった。
「シティの両腕って手枷を填められてるのかと思ったわ」列車を降りるとき、ぼくの腕を見てイスクラが言った。
 これが手枷ならきみとぼくをつないでいるんだ、と片方の時計を彼女の腕に巻いてやる——くらいしろよ、とぼくはディディエに小突かれた。
「無口なのね」イスクラが笑った。

 ドネツクは想像よりも小綺麗な街だった。交通渋滞だらけのキエフに比べると車の数は少ない。もっとも、道路は各国サポーターが車の代わりに占領している状態である。真新しいホテルや店舗が軒を連ねる中心部にはソ連時代の名残なんて欠片も見えないし、数分ほど歩いていくと農村地帯のような家並みやボタ山が現われるところは、まあ、イングランドでも同じようなものだ。何も知らないご老人からしてみると芸人一座にしか見えないサポーターの集まりに囲まれ、ディディエも早速とばかりにフランス代表シャツの上からレユニオン島の大きな紋章旗をはおって駅前広場で野兎のように駆けまわった。
 初対面でのロシア語からしてディディエは語学に堪能であり、クレオール語にフランス語、英語はもちろんのこと露伊西独と多数の言語を操れるのだと、どこの国のサポーターとも気軽に話していることから窺えた——本人曰く「どれも観光客相手の露店レベル」でしかなく、目下のところ恋人の国の言語を習得中らしい。ぼくが感心している背後で、イスクラは自販機のコークを買っていた。
「見て、ペプシコーラにシェフチェンコが」小さく飛び跳ねるイスクラの厚手のショールが上下に揺れた。
 ドネツクはとにかくロンドンに負けず劣らず外国人の多い街だった。イスクラによると欧州選手権中に限ったことじゃなく、出稼ぎ組のトルコ人、シリアやレバノンなど中東の国々からの留学生もいるという。文化と人種の十字路といえば、根拠もなく漠然とトルコあたりを思い浮かべていたのだが、実際に地図を広げてみるとウクライナも負けてはいない。人々が行き交いそうな場所にあるのだ。
「ビールが七グブリナ、べらぼうに安いファン・カフェがあるんだと」あそこのカメルーン人が教えてくれた、と言いながらディディエが戻ってきた。その夜イングランド対フランスの試合会場となるドンバス・アリーナまで徒歩でも行ける距離だったこともあり、ぼくらはカフェテリアで宿について話し合うことにした。
「グループDの試合は初戦が十一日のきょう、それから十五日、最終戦が十九日だったな」ディディエがビールを一気飲みしてから言った。彼の辞書に二日酔いや自重といった単語はないらしい。試合が終ったら同じ夜行の列車でキエフに戻ることを伝えると、ディディエは自分たちも一緒に乗ると言い出した。その後イスクラはキエフに滞在、ディディエは十五日の早朝にバスでドネツクへ戻り、スタジアムからフランス対ウクライナを観るのだと。当然、ぼくは困った。
 イスクラだって出会ったばかりの人間とふたりじゃ不安だろ、ぼくが手を出さないとも限らない。いや、誓って出さないが。それでなくとも、ぼくは他グループの試合を観にファンゾーンへ行くつもりだから、日中は荷物を置いて留守にしている。
「平気よう」イスクラはカツレツひと切れを赤いボルシチに浸す、という珍妙な食べ方を披露しながら言った。「あたしも日中は出掛けるから。夜には帰るんだわ」
 彼女は家族に会うそうだ。じゃ、実家に泊まればいいじゃないか。
 イスクラは首を横に振った。「両親に勘当されたの」
 ぼくは戸惑いディディエを振り返ったが、ディディエときたら素知らぬ顔でボルシチをすすり、イスクラはイスクラで天気の話でもしているような調子のまましゃべりつづけた。
「あたしの姉さん——血縁はないけど、フットボール選手なのよ。ゴールキーパー。オボロン・キエフっていう女子の二部チームで仕事してきたの。そいで、三十になった昨シーズンで契約が切れて……」イスクラは早口になった。「マリーチカ、上手なのよ。枠ぎりぎりのシュートでもキャッチするんだから」
 うん、とぼくは答えた。
「シェフチェンコのサイン、あたしに送ってくれたわ」
 いい姉貴だな、と適当に言ってみたところ、ボルシチを無闇やたらとかき混ぜるイスクラのスプーンが止まった。
「うん、素敵でしょ」面映い笑みが昼の陽光に照らされるさまは美しかった。
 イスクラの姉は実家住まい。両親はすでに病で亡くなっているというのに、彼女は家の敷居をまたぐなという親の言いつけを守っていた。
「一緒にオーストラリアへ行こうってマリーチカを説得したいのよ」
 ロンドンじゃなくて? ぼくが疑問を呈する前に、ディディエがナイフで皿を鳴らした。
「イスクラは一九八五年生まれだぞ、極端に目が悪いし異常な寒がり、良性だけど慢性甲状腺炎を患ってる」わかるよな、とディディエは目で語るが、さっぱりわからない。ウクライナもいい国なのに。
「じゃ、あんたは自分とこの連合王国を、気楽にいい国だって言えるのか」ディディエが呆れて皿をがんがん叩いた。
「南半球には原子力発電所がない。オレンジと太陽の国だわ」イスクラは地球の裏側へ行く者の合い言葉を口にした。驚くべきことに、彼女はロンドンの家財すべてを売り払い、トランクひとつで祖国へ帰郷していたのだ。
 ぼくらは食事のあと三人揃ってお茶を飲み、ドネツク駅の横にあるバザール会場にも寄った。青や赤のパラソルが並ぶ露店では、値札を貼られた食材の他、洋服や雑貨も少々取り扱っていた。ディディエがウクライナ・ウォッカの壜を一本、しかも相当に値切って買いつけていたことには呆れた。あれだけ飲んでも、まだ足りないのだ。
 欧州選手権開催中ともあり、各国代表やクラブのシャツをワゴン山盛りにしてある店も目についた。ぼくはやたらと臭うシャツの山に腕を突っこみ、目当ての黄色いシャツを掘り起こした。しわだらけのウクライナ代表シャツ背番号七、アンドリー・シェフチェンコ。浮いた宿代でシャツを買い、その場でイスクラに手渡した——真冬のような格好じゃ目立って危ないので、せめてショールの下から見えるようにシャツを着てもらいたくて。
「身頃に紋様が入ってる、きれい」イスクラは黄色いシャツを広げて感嘆した。
 エンボス加工だ、伝統工芸の刺繍をモチーフにしてあるらしい。
 樫の葉だわね、とイスクラは頷いた。「コサック・ママーイの絵に描いてあるの、無敵の象徴よ」
 ママーイって何。
「ママーイはウクライナの英雄なんだわ、キエフ空港の近くに銅像があったでしょ」
 イスクラは紐で締めあげた十五世紀のような胴衣の上からシャツを着こみ、ショールをはおり直して「お天道さんのにおいがする」とシャツを嗅いだ。ブリテン島ではあまり馴染みのないにおいだ、イスクラも雨は嫌いなのだろうか。
「嫌いじゃないけど、雲から雨粒が落ちてくる瞬間は少し怖い。あたしが生まれた日、ベラルーシのほうまで黒い雨が降ったからよって、マリーチカは言うのね。きれいな刺繍のシャツ、濡れなくてよかったわ」ありがとう、とイスクラに手を握られた。彼女からは花咲きみだれる六月の太陽の匂いがした。
 ウクライナは日が長い。試合時間の十八時をすぎても明るく、後半開始頃から少しずつ日が沈んでゆく。運悪くぼくの座席あたりが、試合開始後も強い日差しが当たりつづける蒸し暑い場所だった。予選とあって空席も目立ち、ディディエがスタジアム反対側のどこにいるのか、ぼくにはすぐに判別できた。なにしろレユニオン島の紋章旗がフランス横断幕のなかで異彩を放っているのだ。フットボール観戦のために大陸まで遠征したのは初めてのことで、ぼくは多少興奮していた。
 さて試合については、どう話したものかな。フランス相手の初戦とあって退屈だったことは認めよう。左サイドで起用されたリベリとナスリの元マルセイユ組を中心に攻めてくるフランスに対し、最終ラインと中盤の八人で守備を固めて速攻からのチャンスをうかがうイングランドは、前半三十分にセットプレーから先制。ジェラードの蹴ったフリーキックをゴール前にいたレスコットがヘッドで合わせての一点で、ゴールの瞬間に限り、ぼくもとなりの見知らぬ男と抱き合って喜んだが、男は以降つまらない試合を尻目に居眠りしていた。まあ、四枚のバックラインが二本ある守備なんて昔のイタリアでもそうそう見られるものじゃない。そのイタリアが昨日スペインと素晴らしいゲームをしたものだから、余計にゲームが動きのないものに感じられたのだろう。先制した九分後にはイングランド陣内でボールを回していたリベリの落としを受け、ナスリにペナルティ・エリア外からゴール左隅に鋭いシュートを決められて喜びに沸く時間も長くなかったし。ディディエのしたり顔が目に浮かんだ。後半に入っても得点は動かず、イングランドはフランスと勝ち点一を分け合うと想定内の結果に——これを一言で表すと〝退屈〟と同義語になるわけだ。
 試合終了後、場内からはブーイングが飛び、事この抗議においてのみ、ぼくらイングランド人とフランス人は深夜のバーで酒を酌み交わせるほど意見の一致をみた。堅守速攻とセットプレーというイングランドの狙いは当たっていたし、フランス側のほうが苛々していたことだろう。現にディディエは一分ごとに舌打ちをするくらい荒れていた。イングランドの代表シャツが白だから、フランスから見れば正に〝ドーヴァーの白い崖〟アルビオンの壁を崩しきれなかったということか。
「何がドーヴァーの白い崖だ、不実のアルビオンめ! 奴らときたら体中に刺青を入れて、どこでも旗を張りたがる」ディディエは機嫌が悪く、イスクラのいるファンゾーンへ戻ってからもぶつぶつと文句を言っていた。
 とはいえぼくら三人とも、次のウクライナ対スウェーデンじゃキエフのオリンピスキ・スタジアムで国を背負って試合するシェフチェンコとイブラヒモビッチを映したスクリーンを前にしたときは、黄色いシャツだらけの観衆と一体化するほどに熱狂した。二国のエースが決めたシュートは素晴らしく、ぼくはイブラを応援するディディエとシェヴァを応援するイスクラに挟まれたまま、ふたりに腕やら何やらを叩かれまくった。ウクライナサポーターの声援は地響きのように凄まじく、ぼくらは子供も大人も関係なく灯りに群がる羽虫のようにスクリーン前で声を涸らし、羽根の代わりに手足を振り回した。ロンドンやマンチェスターと違って蒸し暑い大陸の空気は地肌に吸いつく競泳水着のようで、スーパーヒーローの気分になれた。ピッチの外から選手と一緒に闘い、なんでも出来そうな気分になるのだ。
 十一日の試合が終ってしばらく、最終列車はとうにキエフへ向けて発車していたが、興奮冷めやらぬまま朝一番のバスまで飲み交わすには最高の時間帯だった。どこにでもあるソーセージ入りの揚げパンが、ケチャップなしでも美味かった。