時を食べた怪物 VII.

 


 イギリスさんの招待を受けたときから「ハワード」の転職は決定していたらしく、上司に転職願を提出するため軍部情報第六課へ顔を出すと、自分の席には新しい「ハワード」がいた。サーカスの種目を減らすわけにはいかないから、欠員が出るとこうして即時に補充される。ぼくは新しいハワードに丸一日かけて任務内容を引き継いだ。彼には「好ましからざる人物(ペルソナ・ノン・グラータ)」で受入拒否された外交官を見るのような視線を向けられ、上司と同僚にはパブで「英国(お国)」について根掘り葉掘り聞かれた。特に旧知の同僚「フォスター」などは、生来の好奇心からイギリスさんの骨柄を知りたがる。ぼくはこう答えた――イギリスさんと知己の仲というわけでもない一端の人間が接した限りでは、首が飛んでも死にはしないという伝承や俚諺を引くような神々しい存在とは無縁の方、本の世界では万能に富むのに扉の蝶番ひとつどうにもできずに苦しむウォルター・シャンディような、ぼくらが仕事で相手にしている情報や嘘八百よりずっと身近な存在と言えるだろう、上手くやっていけると思う、と。
「あのハワードが言うようになった」とフォスターには冷やかされた。彼はフェルナンド・ペソアが別名で書いた『羊の番人』の詩を朗読し、他者のことに構わず、ひたすら咲いて、ひたすら流れる、あのおまえが! とエールの泡の髭を蓄えて言うのだった。
 秘書の仕事を始めた一〇月末、イギリスさんから映画に誘われた。徐々に打ち解けてきたのか、ぼくが副流煙を気にしない質であることを知るや否や、彼は執務室や外出先においても煙草を燻らせ、日刊の高級紙から大衆紙まで隅々読みふけり、小ピットに負けないほどの大酒飲みっぷりを露呈した。一八世紀のハワードがイギリス人の飲酒癖は海難の原因のひとつにまで及ぶと書いたとおり、確かに酔い潰れたイギリスさんは始末に負えない。
 「ウィットビーの展望」亭にて酩酊状態のまま聞かされた話はこうである――「来月頭に封切りする007新作の試写だ、根を詰めすぎるのも良くねえだろ。アメリカも来る、というかアメリカのために上司がやると言い出した。どうせ、あいつがいの一番に観たいとごねたんだろう、向こうも大統領選の佳境だのに、まったく仕方のねえ餓鬼だよな。エリザベス女王陛下のお膝元で無礼を働かぬよう、おれがしっかり見張ってやらんと――数時間経過――いや、まあ、本当は、アメリカの今年の誕生日も体調が悪くて出席できなかったし、もう仲秋とはいえ今年中に祝ってやらなきゃ、他国は済ませたのに分が悪いというか、面目が立たない。同情されるのはごめんだ、年嵩の沽券に関わる。なおかつプレミア公開前日の個人的な試写会という名目ではあるが、本音は少しでも金融危機の話がしたい――別言すりゃ映画は口実だ。といっても、主に口論から話が大幅に脱線する確率もきわめて高い。居中調停する第三者が必要だ、要するに、おまえが同行してくれると助かる」
 歴代ボンドのサインをやるから、という悪魔の誘惑に釣られた自分を甘いとは思わない。やはりスパイの端くれとして、新旧ジェームズ・ボンドには強烈に憧れるのだ。雨に濡れないよう額に入れて祖父母の墓前に飾ろう。



 そういうわけで、英米合同007試写会に同行している。驚いたことにイギリスさんは、背広ではなくロックバンドが着ていそうな格好で現れた。ファスナーを閉めてブルゾンにした茶色のレザージャケットに、襟と腰から白いシャツが覗き、紺のジーンズ、クラークスを履いている。イギリスさんに言わせれば、「服なんか着てりゃいいんだよ。おれが仕事以外で服を着るのは、裸で街頭に出ると違法になるからだ」とのことで、しかしスキニーは嫌いだという。ビリヤードのキューのように襲ってくる、あれを履く連中はライセンスでも持っているのか、先の尖った靴なんか一掃してしまいたい、とも話す。
 ヒースロー空港へ「アメリカ合衆国」そのひとを迎えに行ったあと、映画祭にはお決まりのロンドン中心地レスタースクエアへ向かうのかと思いきや、グリニッジのオデオンに行くらしい。長旅後の時差も、底冷えする寒さが残る気候もなんのその、アメリカさんは勇躍としており、今し方搭降りてきた飛行機を自ら操縦し、波瀾万丈の英雄譚をこなしてきたような口ぶりの豪気な青年である。超大国の姿形をひと目見た印象は、若きインディアナ・ジョーンズかミッション・インポッシブルのイーサン・ハントから天才的頭脳を少々割り引いた感じだろうか。ぼくもモンティ・パイソンやドクター・フー、スタートレック、シャーロック・ホームズ、もちろん007、指輪物語、エイリアン……などの次にインディは好きだ。彼の服装もいたって簡素、『サウスパーク』の絵柄で完全に表現できるだろう。しかしまずいことにスキニーである――いや、スキニーに見える体格をしているだけか。
 空港からの道々、アメリカさんは第一声に「彼、来るんだろ?」という風変わりな挨拶をした。「ミスター・ボンドだよ! ダニエル・クレイグ!」
「来るわけねえだろ、明日の五時から始まる映画祭が本番だってのに」
 イギリスさんはふかしていた煙草を地面に捨てると、足で踏みつけ、唾を吐いた。無駄に形式を重んじるイギリスさんが、このような再会で毒気を抜かれるはずもなく、それどころか再会した時点から彼の体内は、アメリカ国内で販売されるような清涼さを色で表したまっ青な飲料水と同色の毒素をじわりと蓄積しつつある。近世まで糞尿すら家屋から投げ捨てていたとはいえ、現代において煙草のポイ捨てはまずい。ぼくが爪先で煙草を道の脇に寄せている間、いいか、とイギリスさんは元弟に007の付加価値について説明を試みていた。
「007のワールドプレミアはロイヤル! ロイヤルなんだよ、通常とは違う。前作のプレミアでも女王陛下とエジンバラ公がご臨席なさったから、二階席のロイヤル・サークルへお連れし、ファンファーレを鳴らし、国歌斉唱に起立し、リチャード・アッテンボロー卿が開演の挨拶をし――と大変な行事だったんだ」
 おまけに記念プログラムに付けるターンブル&アッサーのボウ・タイが足りず奔走した、と彼は語る。グリニッジ・ピア行きの船に乗り、テムズをのんびり渡河する最中も、今回はウィリアムとヘンリー両王子のご希望でチャリティ試写になったとか、退役軍人も二〇〇人招待するとか、ハロッズにアストン・マーティンDBSを展示したとか御託を並べる。他国の悪罵を別にして、自国の蘊蓄を語るときほどイギリスさんが生気にあふれる瞬間はない。
「明日のことは明日考えればいいじゃないか」
 川風に髪をなびかせるアメリカさんは、船首にもたれかかり、時差ぼけだろう欠伸をした。鴎が降下してくる。彼は欄干にとまった鴎を撫でるが、ジーンズの尻ポケットを探っても餌になるものは見当たらないようである。
「おまえがそれを言うのかよ」
 この世界経済の大局で、とイギリスさんは元弟の前に肩を向け、憚りながらも指摘する。鴎は飛び立ち、アメリカさんは逆光の中で笑う。彼の背後にはロンドン塔の昔の水門があり、水を引いた岸壁に「反逆者の門への入口」と刻まれている。くぐったが最後、ほとんどの王侯貴族が二度と外へ出ることなく一生を終えた塔への入口だ。ぼくは彼の無言の身構えに少々ひるんでしまう。イギリスさんも露骨な動揺はないが、クラークスの爪先はたじろぐように角度を変える。
「ところで、その人は誰なんだい」
 超大国は質問に答えぬまま、付き人のぼくに眼鏡越しの視線を向けた。
「彼は秘書のハワード」イギリスさんに紹介され、愛想笑いとともに握手を求める。「ハワード、彼がアメリカ合衆国だ」
 正規の諜報機関から抜けても、ぼくはハワードの名で通すことにしている。ワルサーPPKや超小型ロケット入り煙草がなくとも、ぼくはローマで諜報と工作活動に奮励していた祖父ハワードの孫、ぼくなりの方法で祖国を補佐する心組みである。給料も文句なし。
 アメリカさんはイギリスさんの紹介を受けると、ぼくの名を鸚鵡返しに呼んだ。
「ハワードの名を継ぐとは大変だな、国のために走り回らなきゃいけない」
 彼も昔のハワードを憶えているのか、ぼくとの距離を狭めた位置から目配せをされた。それひとつで相手を落とす名手ハンフリー・ボガートにも負けない片瞬きだが、トレンチコートの襟を立てて紙巻き煙草を摘んでふかすにはまだ青臭い。彼の青い虹彩の中に、金平糖のような極小の星がいくつも浮かんでいることには驚嘆した。緑のきらきらを連れている国があるのだから他国にもロマンチックなことはあろうが、あんなに小さな器官に五〇の星が入っているのだろうか。その不吉さを含め、スミソニアン博物館所蔵のブルーダイヤモンドを彷彿させる。
 秘書の同行理由を訊かれたイギリスさんは、「ふたりきりの映画鑑賞? 怖気がするだろ」と心にもないことを言ってのけた。そりゃそうだな、とアメリカさんも字面通りにとるものだから、イギリスさんの胸中はさらに毒素をためこむことだろう――アガサ・クリスティの犯人が使用する濃縮ストリキニーネとか、ああいう毒を。
「どうせなら女性を誘ってくればいいのに。ほら、きみ好みの――」アメリカさんは人差し指をくるくる回した。
「メレディスが小説で書き、デュ・モーリアが『パンチ』の挿絵で描いたような女」と言うイギリスさんの回答は常套文句になっているらしい。
「要するにグラマラス?」
「筋肉質でも構わん」
「おっと、おれを呼んだかい」
「メタボは童貞を謳歌してろ」
「その言い方やめてくれよ、人前で」
「事実じゃねえの」
「あーあ、こんなひとから独立してよかった!」
 ちょうど対岸のグリニッジ・ピアに到着したこともあり、ぼくは二国の居中調停とやらを実行した。いやはや、毒殺ではなく扼殺になるところであった。案に違わず先が思いやられる。
 英米一行は船を降り、グリニッジ公園へまっすぐ南下するキング・ウィリアム道を歩く。道沿いには観光客目当ての飲食店がずらりと並んでいる。ほどなくして右手にカティ・サーク号が見えてきた。去年五月の火災で半焼してしまい修復中の船の向かい側には、旧王立海軍大学が建っている。「ここはエリザベス一世らが暮らした宮殿のあった場所だぞ、宮殿再建を依頼したチャールズ二世の逝去により設計変更となった折、クリストファー・レンが海軍病院に仕上げたんだ」とイギリスさんが話せば、アメリカさんは何を聞いていたのか007の新作が3D作品ではないことに文句を言いはじめる。
「なんの話だ、TVゲームの呪文か。日本のオタク倶楽部というやつか」
 イギリスさんは眉をつづら折れにして困惑する。立体映画のことだよ、とアメリカさんが息巻いた。
「それに日本のオタクはきみん家のパブリックスクールにあるような会員制のヘンテコ倶楽部じゃない、クリエイティブ・アーティストの集団だ。日本版コミコンに参加するような情熱ある人々さ」
 立体映画なら、とイギリスさんは言い返す。「モントリオールの万博で観たぞ。赤と青のメガネをかける――ソ連じゃ一九四〇年代にステレオキノと呼ばれる裸眼立体式の劇場が作られてたよな、かなり長期に渡って興行を続けていた」
 昔の話じゃないか、とアメリカさんが一笑した。「テクノロジー界での半世紀が途方もない大昔だってことを、きみは認識すべきだね。それだけの年月があれば人類は火星まで行ける。アナグラフ式を利用していたカナダの会社、今この分野じゃ最先端なんだぞ。昔の3Dは飛び出すことに全霊を賭けていたけれど、これからは奥行きと臨場感を重視しなくちゃ、本当におじさん連中は疎いな。映写機はどこの?」
 アメリカさんが映写機の仕組みについて熱弁しながら歩いている間に、ぼくらはグリニッジ公園を横断した。一五世紀にヘンリー五世の末弟グロスター公ハンフリーによって切り開かれた地は、ロンドン周辺の公園の例に漏れず王室の狩猟場として使われていた。一七世紀に手を加えられた対角線を描く散歩道は、ヴェルサイユ宮殿の造園家アンドレ・ル・ノートルによるフランス趣向だという。公園全体がゆるやかな丘陵地帯になっており、もっとも高い部分にグリニッジ旧王立天文台が建っている。
「人間は物を見るとき、左右の視線を無意識のうちに対象物に合わせている。そのさい両目の視線が交わるところを輻輳点(ふくそうてん)と呼び、その視線の交差が作り出す角度を輻輳角(ふくそうかく)と呼ぶ。おれたちの脳は目玉の動きと連動した輻輳角の大小を感知して、物体までの距離を把握する仕組みになっているんだ。
 脳は目の前に広がる風景に対し、常に視線を合わせる動作を行い、視線の交わりと距離情報の一致を積み重ねることによって、目の前の風景を立体的に捉えている。この視線の交わりから距離情報を得る脳を錯覚させるのが、今日の3D映像というわけさ——おっと危ない、冬ごもりのための食料確保かな」
 公園に足を踏み入れたとたん、二国の足元を栗鼠が跳ねていった。ここの栗鼠は冬が訪れる前になると日本の相撲取りのごとく食べ狂うが、あえて冬眠することもないと悟っている。見るからに愛らしい彼らの姿が通りがかる人をして餌を与えさせるに十分であるからだ。しかもこやつらは地元の赤栗鼠ではなくアメリカからの密入国者らである――それはさておき、アメリカさんの話はまだ続いている。
「ちなみに立体映像の究極形態は、『スターウォーズ』におけるR2D2の体躯から投影された動画ホログラフのレイア姫だ。登場人物はメガネをかけなくても縮小フィギュアのようなレイア姫の立体像を見ている。彼女のうしろに立てば背中が、正面に立てば美しい顔が見える」
「あれはいい、ポルノで実現すれば新しいプレイが楽しめそうだ」イギリスさんの感想はこのひと言のみであった。
 公園内の歩道では、黒歌鳥や椋鳥がそこかしこを飛び回り地面を突ついている。グリニッジ公園が時代ごとの絵画に描かれていることもあり、日傘を差してクリノリンスカートを履いた貴婦人たちや、昔に飼育されていた白鹿に出会いそうな気分になる。通りすぎた王立海軍大学のふたつの円蓋の向こうにテムズ河の湾曲が見え、さらに向こうはドッグランズの超高層ビル群とクイーンズ・ハウス、世界の果てに通じていても不思議ではない帯として、ロンドン市街が広がっている。ぼくの視界の半ば以上を占めて雨雲が垂れこめていることに気づく。
「ハリウッドじゃ特別豪華な格好良い最高の3D映画を撮影中なんだ。人類の冒険心をくすぐる意欲作でね、おれが考古学と宇宙工学の共存を訴えているように、ベテラン監督の経験と新しい撮影技術を最大限に導入し、主人公が未開の惑星で恋に落ちたり、肉体と魂の在り方について模索する、奥深いテーマをこめたSFエンターテインメントさ」
 アメリカさんが身振り手振りを交えて持論と新作映画の紹介を喋くったあと、イギリスさんは彼を横目で見やり、ようやく自分の順番が回ってきたとばかりに空咳した。まず第一に、という導入部からして、アメリカさんとぼくには歓迎しかねる幕開きになりそうである。
「第一に! 文法がおかしい。第二に、ご大層な思想やらテーマやらを掲げる総合芸術はどれほど控え目に批判しても、屑」屑だ、とイギリスさんは入念に言った。「そういう屑に比べりゃ、ねちねちやってるフランス映画のほうがましに見える。第三に、アカデミー賞なんかクソ。英国アカデミーとカンヌ、ベルリン、ベネツィア映画祭、つまり欧州のほうが格上なんだよ」
 致し方なく、ぼくは二度目の居中調停を図った。アメリカさんの機嫌という飛行機が急降下し、「イギリスが撮るのは、暗くてじめじめした嫌味な戯曲ばかりじゃないか。何が『慰めの応酬』だ『慰め合いの欧州』だろ、やたらせせこましいところで戦争や会議ばっかり!」と本日の試写会を潰しかねない勢いをもって英国に突っこんできたからだ。我が国のビッグベンをへし折られてはたまらない。
「イギリスもさ、そんなんじゃ中国やインドに負けちゃうよ」
 条約締結とまではいかずとも、平常値をやや下回る位置までに気抜けしたアメリカさんが言う。
「立体映画の分野では、だろ」とイギリスさんは淡白に返す。「なんでもかんでも一等にならないと気が済まないのか? おまえとロシアが宇宙開発を牛耳っているように、おれにはおれの専売特許がある。あんまり偏っても世の中は上手く回らねえんだよ。それに――」
 イギリスさんが言葉を切るやいなや、じっとしていた雨雲がとうとう涙を零しはじめた。ぼくの鼻先に秋雨の冷たい一滴が触れる。
「アメリカ、おまえこそ無理すんなよ」イギリスさんは公園の真ん中に立ち止まった。ひんやりとした冷気は雨がもたらすものだろうが、イギリスさん自身が漂わせていても不思議ではない。
「あれほど食い意地の張るやつが、ロンドンに来てから何も飲み食いしていない。挙句こうして雨雲を呼んで降られる始末。おまえが来るときは晴れていたのに、二一世紀に入ってからいつもこうだ」
 やむとわかっている雨でも、霖雨さながらに陰鬱で晴天がはるか遠くに思える。天気のせいか、イギリスさんの色素の淡い眸はあらゆるものを映してきたはずなのに、その多くをわざわざ記憶にとどめておきそうにない酷薄さも滲ませており、彼の眼に自分は色彩を持って映っているのかどうかさえ疑わしくなる。それはアメリカさんの眼にも同じことが言えた。
「おれなら平気さ、国力が一〇〇年も傾き続けている斜陽の国に比べたらね。もちろん、飛び火した他国には本当に申し訳ないと思っているよ、通貨スワップ協定も結んでもらったし。緊急経済安定化法は成立させたろ、今後もおれは――」
「違う、そういう問題じゃない」
 あくまで飄々とした態度を崩さないアメリカさんに対し、イギリスさんが語気荒く彼のことばを打ち消す。ぼくは居心地が悪い。いっそのこと今ここにイーストエンド名物のウェストハムとミルウォールのサポーターがきて揉めてくれたなら、と思わなくもない。
 今度はアメリカさんが、そういう問題さ、と反論した。
「斜陽国家のおっさんに説教されるヒーローの気持ち、イギリスには解らないんだろうな。おれが独立したあとも一〇〇年間なに食わぬ顔をして世界の覇権を握っていた国が、世界大戦後に笑っちゃうほど呆気なく淪落して、ざまあみろと思っていたのに……栄華と関係なく後一〇〇年間も、おれに対して反対意見をぶつけてくるんだ。そんな執念深い人生行路を見せつけられたらさ、きみの半分も生きていない若造が倒れるわけにはいかないだろ?」
 衒いなく笑うアメリカさんを、イギリスさんは眉毛と前髪から雨を滴らせた間抜け面で見つめる。しばらく動きがない我が国を見るにつけ、もしや時計で矯正されたはずの体内の時間がズレる症状かと訝ったが、目蓋は動いている。何か感きわまっているようだ。
「きみらイギリス人は傘を持たないね、本当に」とアメリカさんは濡れた髪をかき上げ、直ぐに我々に背を向けると持参していた傘をぱっと開き、近場での雨宿りを提案した。傘を持たない我々は公園の栗鼠と同じく濡れ鼠になりながら、大股で歩くアメリカさんのあとに続く。アメリカさんの傘は外側がまっ黒なのに、内側は目の覚めるような空色をしている。
 グリニッジ公園を抜ければ、イギリスさんが前々から試写会の予定を設けていた郊外のオデオンに行けるのだが、果たして今日中に辿り着けるかどうか。とにかく我々は、雨宿りのために公園内の高台にある天文台まで登り、ハーシェル望遠鏡の大筒を横切ると、夏時間の展示などがある通路を抜け、経度の基点に出た。
 この地が東と西の境界と定められたのは一八八四年、ワシントンで開かれた世界子午線会議でのことだ。天文台のメリディアン・ビルディングには子午線〇度を確定するエアリー子午環が設置され、そこから経度〇度〇〇分〇〇秒を示す硝子の直線が天文台の敷地を走り抜ける。ラインに埋めこまれた電球は、夜になると中央海嶺のように光り、緑色の光線によって地球を二等分する。
「どこよりも早くロンドンの本初子午線を採用したのも、アメリカ合衆国とカナダでしたね」
 子午線の中庭を通り抜けてフラムスティード・ハウスに入ったあと、ぼくは雨粒を払うふたりに共感し合えそうな話題を振った。イギリスさんは先ほどから深く黙考しているらしく会話にならないが、アメリカさんは親切に答えてくれる。
「鉄道会社からのイニシアチブもあったから仕方なくね。カナダもおれも国土が広いから、東西に伸びる列車の乗客は乗り継ぎ時間を調べるために頻繁に時計の針を変える必要があった。それを解決すべく世界子午線会議の前年、兄弟と事前に共通のタイムゾーン・システムを導入したんだ。兄弟間に不公平が出ないよう、国内の都市を避けた結果、イギリスのグリニッジに白羽の矢が立ったというわけさ」
 白い歯を見せる青年は、こうして対話するだけなら畏怖を感じない。彼はくすくすと笑い、世界子午線会議でのフランスさんの様子を話しはじめる。「あの会議のとき、一日がイギリスから始まるということをフランスだけは納得しなくて。子午線がグリニッジに決定したあとも二七年間、自分のパリ天文台を基準にしていたんだ」
 あのフランスは面白かった、と語るアメリカさんの背後で、イギリスさんも堪えきれない笑い声をくつくつと漏らした。
「ねえ、イギリス! フランったらおかしかったよね」
「ああ、一九一一年にしぶしぶグリニッジ標準時(GMT)を受け入れたが、あくまでも〝パリ平均時は九分二一秒遅い〟と言い張りやがる、気分爽快だ」
 和やかな雰囲気を取り戻した二国は、雨宿りに座っているのも退屈だから、とイギリスさんの案内でフラムスティード・ハウスの内部を見物することにした。セント・ポール大聖堂の設計者でもあるクリストファー・レンが廃品を利用しながら建てたのち、増築を重ねたフラムスティード・ハウスは凸凹した形をしている。風向計の塔の屋根には、タイムボールと呼ばれる赤い玉があり、一八三三年から毎日欠かさず十三時ちょうどに落下する。テムズ河に係留する船舶が、昔はこの球を見て時刻を正確に合わせる仕掛けになっていた。ドーム型の屋根をつけた部屋はカメラ・オブスクラで、外壁にはエドモンド・ハレーの墓石が埋めこまれているというのだから、イギリスさんの体内にある時計と同じく、摩訶不思議な建物である。
 イギリスさんのお勧めで、我々はオクタゴン・ルームに上がった。館内には他にも観光客がおり、自分たちがオクタゴン・ルームにいる間は誰も通さないでくれ、長居はしないから、とイギリスさんが学芸員に頼みこんだ。
 その名のとおり八角形をした天体観測所には、当時の非常に長い天体望遠鏡の筒を窓から出して自在に観測できるよう、縦に幅広い窓が八方間隔に開けられ、およそ四ヤードの振り子をもつ時計が据えつけられている。外を見やると絹糸のように細い五月雨が、いつの間にやら粒を真珠のように膨らませており、ついには水風船のようになって窓に叩きつけていた。
 イギリスさんはアメリカさんに向き直ると、三枚舌の中からなけなしの正直さを振り絞り、「ノーブレス・オブリージュ(noblesse oblige)」という言葉をひねり出した。
「我々は合衆国に拍手を送ろう」
 言いながら、耳朶をまっ赤にしている。雨が降り出したころから、言おう言おうと彼なりに奮闘していたらしい。どういう意味、とアメリカさんが訊ねる。これを自ら説明せねばならないイギリスさんの胸中は、オーツ麦の毒素を羞恥のミルクと一緒に混ぜ、それを電子レンジで煮えたぎらせているようなものだろう。出来上がるポリッジは確実に死者を出す。ぼくはオクタゴン・ルームの白壁になりきるくらい存在感を消し、陰ながらに祖国を応援した。
「自国の白眉な文学を少しは窘めよ、若造。特にフォークナーを! 簡単に言えば、本当に簡単に言やあ、高貴たる者が平民の美徳を讃える義務のことだ」
 前半は余計だが、彼に出来る最大の賛辞と言ってもいい。限界値を振り切ったのか、イギリスさんの顔には清々しさすら窺える。憎まれ役として申し分ない悪辣な笑みはどうやっても隠せないらしい、口角が引きつっている。
「くたばれ、イギリス階級社会!」
 と芸のない返事をしたアメリカさんは、間を置き、しかもフランス語じゃないか、と言語の響きに違いを発見したようだ。「なんだ、ノーブル・オブリゲーション(noble obligation)か」
「おれも昔この言葉で送り出されたんだよ、くそ髭に」
 いまじゃ殺し合うほど対等だ、とイギリスさんは穏やかならぬ冗談を言い、それからふと真顔になる。「アメリカ」
「なんだい、イギリス」
「おれは後悔していない。ただ、おまえの深い信頼に報えなかったことだけが……」
 イギリスさんの語尾は途切れた。両の拳が震えている。緑のきらきらが両眼に集中しているかのような強い眼差しは、子午線のラインから放たれる緑の光線並みの透徹さでもってアメリカさんを見据える。彼の味方の雨音が室内に反響している。
「イギリスは馬鹿だなあ」アメリカさんは、ほとほと困ったと言わんばかりに相好を崩した。「おれはアメリカ合衆国、自由の国だぞ。二〇〇年前から言い続けているじゃないか、きみとおれとは対等だ。おれがきみの許しを必要としないように、きみもおれに許しを請うことなんてない」
 気負わない彼は、オクタゴン・ルームの並外れて高い硝子窓を見渡し、躍り出しそうなくらい軽やかに両手を広げた。
「反対意見は認めたくないけれど、頷くばかりじゃ世界は一様のまま進歩しない。きみと議論するのは嫌いじゃないし――いや、正直言って楽しいよ、最後まで意見が交わらなくとも。喩えるなら映画もさ、フランスがねちねちした作品を撮り、きみがじめじめした作品を撮るなら、おれがアクション満載のハッピーエンドを撮るのと同じ」
 そのときイギリスさんが見せた表情は、ハリソンの時計よりも複雑なものかもしれない。昔はこの窓の数々から、太陽や月の蝕に、星の子午線通過に、降るような獅子座流星群に、望遠鏡の長い筒を向けていたという。もし彗星の回帰を予言したエドモンド・ハレー博士が次の回帰まで生きていたなら、おそらく博士はいまのイギリスさんと同じ顔をして、自分の名が付いた尾を引く帚星の輝きを噛みしめたことだろう。
 オクタゴン・ルームを出たあと、展示室でジョン・ハリソンの時計をながめる頃には雨もやんだ。天文台の丘を下りて街のオデオンに着くと、まるで魔法が解けたように二国は口喧嘩を始めた。本当に一時の魔法だったのかもしれない。毎朝欠かさず螺子を巻かれて時を刻む三台の時計と、絵画さながらに時を止めた四番目の時計、ギルドホールにある五番目の複製時計を除き、ハリソン親子の結晶すべてがあそこに揃っていたのだから。六番目の時計はイギリスさんの内部で、心の臓と一緒に彼の時間を動かしている。



 夜のロンドンに粉雪がちらついている。
「上着にしみが付いた」
 駅まで歩く道々、イギリスさんがレザージャケットの左肘部分にある赤い跡を指して文句を言った。オデオン映画館に入る前、アメリカさんが大量に買いこんだホットドッグのケチャップを暗い館内でこぼされたのだろう。コーラを飲みながら意気揚々と帰国した彼は、嵐のような御仁であった。
「それに時計は進んでいる」二回も直したのに、また早くなった、とイギリスさんはシーマの軍用腕時計を見て苛立つ。「進む度合いはバラバラ、昔は何もかも順調だった。何時(いつ)の間にかズレた、それだけなんだ」
 彼は寒さに両肩を竦ませた。今夜中に氷点下となれば、一〇月のロンドンでは実に七四年ぶりの積雪を記録するだろう。ぼくはバブアー仕立てのオイルドコートをイギリスさんに羽織らせた。祖父が使っていた外套は雨雪に強い。彼の肩口が緑のきらきらと雪の結晶を反射して光る。あなたの上着はきれいですよ、とぼくは言った。
 コーパス・クロックを初めて見たとき、新旧の技術を用いて美しく具現化した祖国の懐古主義というものを苦々しく思ったが、祖父ハワードがぼくに祖国と会う機会を与えてくれたのは、そこに見えないものを忘れられたくなかったのかもしれない。ハリソン親子は時計の隅々に、ハワードは彼の手記に、素晴らしい恩寵(アメイジング・グレイス)を埋めこんでいた。イギリスさんの子守唄は、アメリカ合衆国の愛唱歌になった。彼の自宅にある調度品にも、祖父のよくわからない民芸品にも、他にも人々の残した見えない何かが埋まっている。それらは待ち望まれたひとの目に触れるたび、たちまち輝き出すのだろう。



 了



参考書籍
・デレク・ハウス著、橋爪 若子訳『グリニッジ・タイム―世界の時間の始点をめぐる物語』東洋書林
・デーヴァ・ソベル著、藤井留美訳『経度への挑戦―一秒にかけた四百年』翔泳社
・石橋悠人著『経度の発見と大英帝国』三重大学出版会
パブリックドメイン
・ジョン・ハリソンなど http://www.gutenberg.org/ebooks/37321
・ウィリアム・ピットなど http://www.gutenberg.org/ebooks/24980
・カルパー・リングなど http://www.gutenberg.org/ebooks/9845
参考映画
・チャールズ・スターリッジ監督『longitude』A&E