時を食べた怪物 V.

 


 一七八八年、ハワードの手記


 一二月五日

 五年前、大蔵大臣を務めるウィリアム・ピットが二四歳の若さで首相に任命されてからというもの、彼の手腕には目を見張る。父のチャタム伯に続く二世政治家ではあるが、親子ともに酒の肴になるような逸話は特になく、度々カツラを乱しているから日頃の激務も推し量れるというものである。人間、未踏の雪原があれば喜び勇んで手ずから汚しにかかるように、完璧な男の粗もさぐりたくなろう。ピットも唯一、滋養も兼ねた酒飲みに関してなら、飲み仲間とひと晩でワインを七本空けたとか、酩酊したまま連れ立って議場入りしたとかいう逸話がある。
 ジョージ三世国王陛下の病状はやはり思わしくない。ジェイムズ粉薬の投与で一時的に恢復した痙攣も、一〇月に再発したさいに胆汁病と診断され、直立していることが困難となり、五指の震えが止まらなくなっている。食事中に王太子へ向かって悪口雑言を浴びせ、最後は彼の襟元を掴んで投げ飛ばしたこともある。その夜はシャーロット王妃の叫びと王太子の泣き声がバッキンガム内に響きわたり、過去最悪の晩餐会になったという。気の毒な陛下は拘束服を着せられたり、鎖で椅子に縛りつけられたりすることも少なくない。議会でも国王の狂乱は宣伝され、息子ジョージの折衝を支持する動きも進められている。国王ジョージは公(おおやけ)に気が狂ったとされたのである。
 空と同じく雨続きの気持ちのまま、わたしは今朝も杖と一緒にバッキンガムハウスへ赴き、実験室の扉を叩いた。旧態依然として返事はない。もはや日課のごとく門前払いされている。わたしもどこかへ避難したいものだが、生憎この要塞は満員である。
 どこかで一服しようと踵を返したところ、祖国の弟のひとり、つまり独立を選ばなかったほうの「国」カナダと対面した――いつの間にやら訛り「カナダ」と呼ばれているが、彼は確かインディアンの言葉で「村(カナタ)」という名前が本当であったと思う。合衆国と同じつくりの顔をしていても、彼はより縦方向に成長しており、なで肩に筋肉をつけ、柔和な表情はフランス譲りのものだろう。外見年齢は一六、七の少年といったところか。
 ビーバーの毛皮襟の上着を羽織り、祖国お手製の白熊のぬいぐるみ――カナダをケベックからニューイングランドへ連れていくとき、故郷をさびしがらぬよう、祖国が一針一針まじないをかけてあるため動いたり喋ったりする――を背負うカナダの隣には、前述のピット首相もいる。カナダは祖国を心配し、ちょくちょくブリテン島まで海を渡ってくるから、今回もピットが彼を案内しているのだろう。
 ピットは祖国のために何冊か抱えており、近年『オトラント城奇譚』や『若きウェルテルの悩み』、『カンディード』、『トム・ジョーンズ』、『マノン・レスコー』など売り上げ好調な小説も多いというのに、クレランドの『ファニー・ヒル』とネルシアのフランス語で書かれた『フェリシア、私の火遊び』『肉のうずき』というほとんどポルノグラフィ三冊を赤面して選んでくるあたり、阻喪中の祖国へのかなりの配慮が窺える。目敏いわたしは、製本されたの中にロンドンの売春婦年鑑ハリスの『コヴェントガーデン・レディ目録』が挟まっていることにも気づく。ピット本人は女遊びをする暇もないから本はページすら切られていないが、祖国も普段ならともかく当分は読む気力もなかろう――いくら『サミュエル・コック船長の航海記』と題された、女性の身体を土地に見立てた探検記やインドの「国」から貰ったらしい『カーマ・ストーラ』を嬉々として読むとはいえ。
「エウレシスに身を隠されたデメテルのご様子は?」わたしがいる部屋の窓辺に本を積みながら、ピットが訊く。「ケレスとバッカスがいなくてはヴィーナスも凍えてしまうぞ」
 春は遠い、とわたしは答える。
 カナダは実験室の扉を三度叩き、祖国の名を呼んだ。カナダの英語は美しい。フランス語も完璧なのに、この美しさを体現するには学ぶことも多かったろう。
 わたしが一度だけ、どうしてアメリカ合衆国の誘いを断ったのかカナダに訊いたとき、彼は菫色の眼をほそめ、コールスヒルで最後に会ったアメリカと同じ笑みを浮かべた。
「イギリスさんが欧州や新大陸の中でやってきたこと、こんなぼくでも兄弟と同じぶんだけ知っていますよ。その行いが正しいことばかりじゃないということも。それでもアメリカと同じ選択をしたいとは思わないんです。兄弟には兄弟の信念があるし、彼なら本当に理想を実現しちゃうんじゃないかって思える強さもあるから、背中を押してあげたいとは思う。けれど、ぼく自身はイギリスさんの血を流すようなことをしたくない、どんな苦境もともに乗り越えていきたい」
 アメリカよ、ケント伯爵はわたしではなくカナダであろう。陰日向(かげひなた)なく働き、たとえ心臓が射抜かれても構わないと、おそらく彼なら言える。
「イギリスさん」カナダは扉の向こうの兄に語りかける。「毎朝この目に太陽を映すより先に、ぼくはイギリスさんのしあわせを願うでしょう。けれどそれは、内部の仕組みを知ることが叶わない機械に向かい、お元気で、と願うようなものかもしれない。あなたの近寄りがたさは何故なのか、ぼくに教えてはくれませんか。
 イギリスさんは何からもいつだって一歩距離を置き、皮肉で自分を守っていた、それはぼくにもよく解った。そういう距離がアメリカだけは違っていたよね。あいつが大きくなるとイギリスさんは必死だったもの。アメリカに嫌われたら何も残らない、それだけが頭の中にあるようでしたよ。あなたにとっては誰と過ごした年月よりも、あいつとの一瞬のほうが強烈なんだ。それくらい真っ向から、ぼくの兄弟を愛してくれているんでしょう?
 アメリカはイギリスさんを憎んでいるわけじゃない。どうかあいつを誤解しないでやってください。あなたが彼を見ているよりずっと、彼はあなたのことを見ています。
 ねえ、こんなことはいけませんよ。ぼんやりして、孤独でいなきゃならないなんておかしい。自分のしたことを思い出すなら、我を忘れて意識を失ってしまうのが一番いいですか、何も知らずに心を奪われていたほうがまし? どうしてなのかは解らないけれど、イギリスさんが勝手に怖がっているんじゃないですか。あなたは今とば口に立っているんです。そこを踏み越えることができないでいる。しゃんとしてください、ぼくらに欧州の知恵を教えてください。
 昔ぼくらが夜の闇を怖がると、あなたは宇宙の昏さと月や星々が光る理由を説き、暗闇をおそれるとき、そこには無知があることを教えてくれたじゃないですか」
 扉は無言だ。
 我々は部屋を離れることにする。気を取り直したカナダが国王陛下を見舞うというから、案内役のピットにわたしも同行する。
 全員が部屋を出ようとしたとき、はじめて背後の扉が音を立てた。我々が振り返ると、昼中(ひるなか)でも幽冥のごとき実験室に白く浮かんだシーツが半分ほど、扉から這い出していた。土気色の顔をして死人同然の祖国だが、シーツからのぞく両眼だけは濃淡様々なみどり色が綯い交ぜの状態で煮つまっている。
「子どもだったおまえたちに説明したんだ、大人が暗闇を怖がる理由を」
 カナダが喜びを言動で表すより先に、祖国が蛙の鳴き声で言った。久方ぶりに声帯を使うと調子が悪いらしい。我々三人は祖国の濁声に耳を傾ける。
「八〇年前、牧師のミッチェルは言った――星々が輝くのは、光の粒子が星の引力から脱出して我々のもとに届くからで、星の自重があまりにも大きくなりすぎると光の粒子も逃げ出せない、星は輝けなくなる、と。極端に密度の高い星は光らない。人生は歩く影になり、闇そのものになる」
 我々はしばし沈黙した。勇敢なピットが空咳し、「誰とも会わない間にまたこじらせたな」と耳打ちしてくる。それをわたしが制していると、カナダが背中の白熊ごと深呼吸した。
「兄弟の考えは違います」彼は祖国の両肩を掴み、かぶりを振る。「アメリカは世界を虹に喩えていましたよ。七つのスペクトルに分かれる虹の色は、闇と光が混じり合うことで連続した多用な色彩を生じさせる現象なんだ、目に映らなくても暗闇の中には必ず光があるから勇気を出して進むんだって、コールスヒルの家で眠る前に話してくれた。日没後の宵やみ(twilight)があるでしょう? 闇と光は撚り合わせなんです」
 カナダの言葉に祖国は眉間のしわをやや薄くする。三ヶ月の篭城による彼の眉毛の変化も実はわたしのひそかごとの懸念であったが、榛色の髪と髭が多少無精に伸びた程度で、眉毛は通常どおりげじげじしているだけのようで安心した。
「おれは老境(twilight)かも」となおも祖国が根暗がましく言うものだから、そうこうしている間にも国務がずれこんでいくピットはとうとう業を煮やし、衰退期などもってのほか、と祖国を一蹴した。
「アジアの連中をごらん、あんな極東で修行をきわめて不老を体得しているじゃないか。グレートブリテン王国は日の出前の薄明(twilight)にいるのだ! より良き国に変えるため、祖国よ、どうか協力を」
 首相の申し出に、祖国は平手打ちを食らったような怖じ気のふっ飛んだ顔をする。もぞもぞとシーツを脱ぎ去ると、襟をしゃんと立て、襟飾りを直し、ハリソン家を初めて訪ねたときと同じビニッシュという長衣の埃を払い、決まりの悪い顔でこう言った。
「若作り以外なら論を俟たない、おれの生きる糧だ」
 カナダは今度こそ全身で喜び、祖国の後方に回って彼の寝癖を直してやる。ピットも窓辺の小説のことはどうでもよくなったらしく、早速と言わんばかりに仕事の話、差し向き隣国の情勢について話を振る。わたしとしてはコーヒーでも飲みながら話したいところだが、パリでは皆が大っぴらに人民の解放を叫んでいる。もうすぐフランスで革命が起きるのだ。コーヒーはあとにしよう。
「アメリカが瓶のコルクを抜いたから、フランスも勝利の美酒を味わおうというわけか」
 祖国は不愉快を隠さず、眉毛の角度に表した。カナダは隣で不安げに聞き入っている。我々も徐々に変化を起こしている、王に仕える身だ、と祖国は慎重を促した。変化とはすなわち進化の兆しである、とピットとわたしは祖国に意見する。戦場も病床も突き当たりにある光景は死だ。北極と南極が等しく極寒であるのと同じで、両極端は触れ合う。
「祖国もご存知の通り、国王陛下は正気を失いかけておられる。オリーブの枝と握手をし、望遠鏡を覗けばドイツが見えると――君主に忠実なのはいい。しかし、真のあなたは誰よりも過激だ。ご自分を疑わない。子どもが汚され、兵士は物乞いをする。そんな世界に変革の波が訪れている。まずボストン、そしてパリ」
「次はロンドンか」祖国が引き継ぐ。「学校はどうなる」
「無償化運動に努めよう」ピットが答える。
「ジンは」
「エールのほうがいい」
 そりゃおまえなら、と祖国とわたしは大酒飲みのピットを軽く茶化す。
「教会や墓地のことも」
「草花で庭を整えよう」
「動物の保護運動はどうだ」
「友人のウィルバーフォースは狐も鼠も烏も飼っている」
 兎は構いすぎて死んでしまったが、とピットは付け足した。
「奴隷貿易をどう思う」
 祖国のこの問いにピットは即答することを控えた。ゆっくりと間を置いてから、媚びることのない真摯な眼差しと口調を用いて答える。
「欧州において我々ほどこの罪責を追う国はない」
 そうか、とだけ祖国は言い、しばし口を噤んだ。
「おまえたちのような若者が民意に変転をもたらさなけりゃ、おれは奴隷制度に疑問すら抱くことはなかったろう」すまない、と祖国は頭を垂れた。
 強者ピットは、イギリスが工業生産の役割を獲得したように、フランスは農業と葡萄の栽培を割り当てられており、両国民は異なる部門で取引を営み富裕になる大商人同士のような関係になる、とまるめこんで八六年に英仏通商(イーデン)条約も締結している。トーリー党の人道的奴隷制反対論者の意見を容れ、奴隷貿易の廃止を目指せるだろう。
 頭を上げた祖国は、決意も新たな大国の表情をしていた。痩けた頬にも枯れることなきテムズのように脈々と流れる赤みが戻ったようである。
「アメリカ」とだけ口にした祖国を我々三人はまじまじと見つめた。
「アメリカをどう考える」
 再度の問いも泰然自若とした態度である。ピットは奮い立ち、「政治において寛厚こそは往々にして真の知恵だ。偉大な帝国と卑小な精神では取り合わせが悪いではないか」と得意の演説口調を出してきた。「いかなる国であれ、ある国を将来不変の敵であるとみなすことは、弱々しく子供じみたことだとわたしは思う。諸国家の経験ではそのような根拠は見あたらないし、人類の歴史でも同様だろう」
 祖国の隣に立ち、我々の会話を神妙な面持ちで傾聴していたカナダが、若者特有の屈託のなさで破顔する。
「いつかぼくの兄弟を、政治的に再評価してくれることを願います」カナダは言った。
「当分は七月を朗らかに過ごすこともできんだろうが、いや、努力する。心配かけてごめんな、カナダ」祖国はカナダにそう約束し、ほとんど同じ背丈に成長した弟の頭を撫ぜるのであった。
 太陽も昇りきろうかという時間になり、ピットが国務に戻らねばと身を翻したとき、寝間着姿のジョージ三世国王陛下とシャーロット王妃も祖国の様子を窺いにやって来た。本日は陛下も体調が麗しいのだろう、その眼差しは清く、王妃の腰を愛しげに抱いている。
「おお、神よ」と驚くピットに「まだ人間だ」と陛下は剛胆な笑い声を上げた。あとから祖国がピットの持ちこんだ小説を有り難く頂戴していたのは言うまでもない。
 きょうは良き日だ、本当に。

 同日、ウィリアムの時計が完成する。いまは亡き偉大な父ジョン・ハリソンが設計し、息子のウィリアムが形にしたハリソン時計の第六号は、複雑な内部機構は第一号から第五号まですべての海洋時計を継承しつつ、外見はかなり簡素化されている。これは祖国のためだけに製作された時計であり、普通の携帯時計(ウォッチ)のように時間を刻むわけではない。

 夕方からワッピング・ウォールの「ウィットビーの展望」亭に行き、そこで聞いたウィリアムの説明はこうである――地球の自転速度は潮汐作用が歯止めになり年々遅くなっているという。時間にすると一〇〇年で一日が〇.〇〇一秒長くなっているらしいのである。これを人間が決めた時間の規則に換算すると、一〇〇年でズレは約一八秒になる。つまり現在のグリニッジ地方時間の一日、一秒は年々長くなっているわけだ。そのままにしておくと、必然的に地球本来の太陽時間との間に生じたズレが蓄積されていく。ハリソン親子は、この些細なズレが何百年も祖国の中で続いた場合の、未来における彼の体調を危惧していた。
 親子の善意と職人の意地のみによって製作された第六号は、へり飾りをなくした文字盤上の太陽と月の昇降の様子から昼と夜を判別でき、指針に代わる二個の歯車が均時差のゆがみを補正してくれる仕組みらしい――という部分までしか、わたしには理解できない。何より特徴的なのは、文字盤が一三の層をなしており、このため時計が前面をのぞいてほとんど球体になっている点だろう。最も前面にある真太陽時との差を表す文字盤に、下層の一二面が連動している。一二面はどれも天文関係の指標であり、それぞれ十二宮図、太陽球儀、教会暦の日曜を示す月文字、シーズン、月、週、日にち、地球儀、潮の干満、月齢、月相、月軌道となっている。懐かしきダイヤモンドとルビーの優雅さのきわみともいえる歯車と筒カナが、時ではなく自然と人工の間を取り持ち、天動説に基づいた天体の動きを刻む。
 ほんの十数年前に議会でハリソンのクロノメーターが認められたとたん、国内の海上時計作りも盛んになり、グレートブリテン王国は時計製作をひとつの産業とする海運国に急成長している。七つの海を手中に治められた背景には、正確な海洋時計装置の助けを借り、正しい航路に導かれてきたことが大きい。
 老いても両親や妻子のことをうれしげに話すウィリアムは、プラハの天文時計を参考にした父の設計図を引き継いだというが、なんとも摩訶不思議な機械である。時計は層を花弁に見立てると、開花直前のバラの蕾を彷彿させる。このような時計は世界中を探しても見当たらない。その設計図を書けたウィリアムは、やはりハリソンの血を受け継いでいるのだろう。常識に囚われない構造を頭に描ける才能があったのだ。
 わたしは多忙なウィリアムから時計をしかと預かり、しかるべき場所に保管した――『三五五』の忘れ形見(スーベニア)に。きっと祖国のためになる時計を一刻も早く手渡したいところだが、明日は早くに仕事でロンドンを出なければならない。
 帰る道々、テムズ河の引き潮で現れる河床の処刑場に、絞首刑で死んだ囚人の生首が吊るされていた。生前は悪名高い海賊だったらしく、腐らぬよう茹でた首にタールを塗られ、鳥籠に入っている。満ち潮に三回洗い流されるまではあのままだろう。