時を食べた怪物 III.

 


 一七七二年、ハワードの手記


 一月一三日

 八年前――つまり祖国とわたしがニューイングランドのプリマスに滞在していたころ、六四年の秋に無事ロンドンに到着したウィリアムとの書簡の遣り取りから、経度評議員会が決定したクロノメーターの評価を聞いていた。評議員会はハリソンに海上時計をすべて供出し、クロノメーターの内部機構を情報公開すること、そして時計の複製を二個製作して設計と性能を証明しろという厳しい条件を出したという。さらに翌年の春には新経度法なるものを制定し、専門家委員会一行をハリソンの自宅に派遣すると、六日間かけて彼に時計を分解させ、設計図も取り上げた状態で再び組み立ててグリニッジの海軍保管室に仕舞うよう命じたのである。
 ウィリアムは経度評議員会、とりわけグリニッジ天文台長のマスケリンにたいそう憤慨している。同じ真面目人間でも、マスケリンは職業が祟り神経質といえる領域に達しており、ウィリアムは繊細かつ率直すぎるきらいがある。もし一七四二年に亡くなった先代天文台長のハレー博士が、可愛がっていたウィリアムと後輩に当たるマスケリンの確執を知ったならば、二人の肩を抱いてワッピング・ウォールにある「ウィットビーの展望」亭にでも連れて行き、思う存分に喧嘩させてやれたであろう。ハレー博士は祖国全体に良い影響を与える豪胆なお人であった。
 一七六七年になると、イギリス国内でグリニッジ地方時間が採用された。二年後にはスコットランドのグノーリック出の機械技師ワットが蒸気機関を改良し、ランカシャーのアークライトが水力紡績機を発明するなど、起業家として特許を取る者が出はじめた。道路、河川、運河も整備されつつある。日に一度は何かしら革新的なものが発明され、我がグレートブリテン王国は原基的な工業化に目覚ましい躍進ぶりを示している。
 こうした技術革新の最中に幕開けした一七七二年、御年七九歳のジョン・ハリソンと四四になるウィリアムは、クロノメーター複製の一個――第五号を完成させた。ウィリアムもこれを機に忍耐を放棄したらしく、ジョージ三世国王陛下宛に書状をしたためたという。自分の父が評議員会と王立天文台からどれほど手ひどい仕打ちを受けたか、わたしにも仔兎のような眼をして切々と訴えた。さらなる改良が加えられた第五号を「一時的にでもリッチモンド天文台に保管して、その優秀さを証明し、世間に知らしめていただくことはできないでしょうか」と陛下に希望を伝えたというのだから、相当に思い切ったものである。


 一月二五日

 ジョージ三世国王陛下は科学に並々ならぬ関心をお持ちであり、ご自身のことも科学者と自負されている。その心意気たるや、六九年の金星の太陽面通過に合わせてリッチモンドに私設天文台を建てたことからも窺い知れよう。何しろ、くり返し行われたクロノメーターの実験も、結果だけならすべて把握しておられる。
 ハリソン親子はバッキンガムハウスで国王陛下に謁見した。何年ぶりであろうか、陛下の横には祖国も控えていた。ハリソンと中々面会できずにいたことを祖国が謝罪すると、ハリソンはむせび泣き、ウィリアムも目頭を熱くしている。親子の事情を知るなり国王陛下は、神の名において其方たちを救う、と仰った。こうしてリッチモンドの天文台を使用し、国王陛下と祖国とウィリアムの三人で六週間にわたるクロノメーターの室内実験が実施されることになった――。


 五月一日

 ウィリアムが話してくれる実験内容は、とても興味深いものである。
「第五号を入れた箱の三ヶ所に鍵をかけ、国王陛下、祖国さま、ぼくの三人がひとつずつ鍵を預るんです。毎日正午に天文台へ行くのが、それは楽しみになりました。父さんも腰を悪くしていなければ連れていけたのに。ぼくのとなりを国王陛下と祖国さまが歩いているなんて、ハワードさん、信じられますか? ――ぼくらの息子も喜んでいますよ。
 第五号が指す時刻を基準時計と比較してから、三人で順番に螺子を巻くんです。これを五月から七月まで一〇週間継続して行います。
 国王陛下と祖国さまは仲がよろしい。殿下の王太子らは、その、少々、品性に問題のある方々らしく、妃殿下ともに頭を悩ませているようで、祖国さまの薫陶も受けていらっしゃるそうです。殿下は休日になると国内中を視察され、特に農業の発展に関心を示されますが、そればかりか自然哲学にも明るいのです。
 発明家のジョージ・アダムスが製作した様々な器具も拝見しました。裏側が天球儀になった携帯式の地球儀やエレキテル、アルキメデスのポンプ、重りと滑車を使う力学の実験装置、ワットの蒸気機関の原理を示した装置、月と潮の満ち干きの原理を示す球――どれも素晴らしいものばかり。
 祖国さまは新大陸のことを話してくださるんです。アメリカとカナダはそれは勇壮かつ聡明だとか、ロシア帝国よりも雄大な造化の妙に満ち、きっと後世まで我々とともに歩んでくれるだろうと仰りました」


 七月一三日

 対フランス戦争時にノバスコシア州方面の海岸線を正確に測量してイギリス海軍を勝利に導いた、かのジェームズ・クック船長が二度目の太平洋探検に出発する――メルカトル地図にも「メガラニカ」として描かれている未知の南方大陸(テラ・アウストラリス・インコグニタ)の発見を使命として。
 実はハリソンが第五号を完成させるより早くに、彼と親しい時計職人ケンドールもクロノメーターの複製を製作している。そのためクック船長は、ハリソンにもお墨付きをもらったケンドールの複製時計をレゾリューション号へ持ちこんで出航したらしい――なお今回、ザワークラウトという塩漬けキャベツが積荷に入れられる。これは画期的な食の改善といえよう!
 一方、奴隷貿易商の罪を悔い改めて牧師へ転身したジョン・ニュートンという男が、祖国が弟のために作曲した子守唄に歌詞をつけて賛美歌にしたいと頼んできた。祖国が快く提供した曲とニュートンの詩はどちらも素晴らしく、本国から新大陸にまで広く親しまれるようになるだろう。曲名は『アメイジング・グレイス』という。


 七月一四日

 約二ヶ月半にわたる実験を終えた結果、ハリソンの新クロノメーターはわずか〇.三秒しか狂わないことが証明された。祖国はハリソン親子の後ろ盾となり、ウィリアムが拝み倒した「公平な扱い、ただそれだけを」訴えることに力を貸した。国王陛下は頑固な評議員会ではなく、一足飛びにノース首相と国議会に直接話を持っていき、公正な決議をするよう議員らに念を押している――。


 一七七三年、ハワードの手記


 三月二四日

 ジョン・ハリソン八八の生誕日、最終的な決議が採択された議会から、慈善的に八七五〇ポンドが授与された。公的な賞金を出さない経度評議員会はもはや祖国の眉毛ほどの役にも立たないが、ハリソン親子は自分たちの業績が認められたことに満足している。今後ロンドンの時計職人が各々クロノメーターの改良と量産に尽力し、世界中に普及させることだろう。
 杖を使わなければ立てなくなったジョンは、次に第六号の時計の設計図を引くという。クロノメーターの複製ではなく、グリニッジ地方時間が全英のち世界の標準時となることを見越し、本物の太陽とのズレで一年間に蓄積する均時差を斉(ととの)える特殊な時計を製作するらしい。
「祖国さまがバラバラの時間に苦しまれないよう、身につけられる小さな携帯時計(ウォッチ)にしようかと、えー、わしはもう目も腰も悪くて組み立てられんでしょうが、ウィリアムなら、わしの息子なら必ずや――」
 但し、自分が死ぬまでに引ける確信がもてないため、祖国には黙っていてもらいたいと頼まれる。わたしは祖国が初めてハリソン親子と工房で話したときのことを想起した――時間とは建築物と同じくきわめて人工的なもの、ひとつの抽象、事物が化けて出る――祖国はいまや魔法のランプを持っていることになるのだろうか。
「ハワード」
「ウィリアム」
「父さんの時計を信じてくれてありがとう、ハワード」
 自分より十ほど下の友人ウィリアムと抱き合い、わたしは懐かしきレッドライオン広場をあとにした。


 一二月一六日

 ボストンの茶会に参加できなかったのは残念である――実はわたしもコーヒー党なので。さておき、三年前には同じくボストンで重税に反対した市民とイギリス軍とが衝突し、兵士の発砲によって死者五人を出している。「タウンゼント諸法も撤廃してやったのに」とは祖国の弁らしいが、在庫処分のためとはいえ東インド会社に茶の専売権を与えるべきではなかったのだろう。
 ボストン港に入港していた東インド会社の船に侵入した賊は、モホーク族に変装していたという。サミュエル・アダムスを中心とした急進派および「自由の息子たち」の面々が、以前から植民地政策に反対する意として茶の不輸入運動を率先したと判明しているものの、犯人が検挙されることはないだろう。闇夜に茶会とは入植者も中々粋なことをする。
 入港してから荷揚げされることなく、他の港も含めて投棄された茶箱は三四二箱――損害一万八千ポンドが海の藻屑と消えたことだけは甚だ遺憾である。港に対してあれしきの量では、茶も薄すぎるから魚とて飲めたものではなかろうし、アメリカの魚もまたコーヒー党かもしれない。

 

 一七七四年、ハワードの手記

 九月五日

 ボストン茶会の報復として、グレートブリテン王国は損害額を弁償するまでボストン港を閉鎖するという法案を六月に施行した。するとボストン通信委員会なるものを組織していたアダムスが、本国との一切の取引の停止とイギリス製品のボイコットを決議し、他植民地諸州も支援に回り、アメリカと我々本国は茶党対コーヒー党を超えた経済戦へ突入したわけである。
 五月には強圧的諸条例という名目の制裁措置を行っていたが、火に油を注ぐ行為であることは目に見えていた。植民地側はフィラデルフィアで十三植民地代表を招集した大陸会議を開催し、本国との通商を拒絶すると決議した。両者の対立が緊張の度合いを増すことは必至である。
 自分の弟たちが自分以外の国と関わりを持つことを、祖国は異常なまでに嫌悪した。アメリカとカナダの意識が他に向くたび虫唾が走ると言っていた。じくじくと粘着質のある不快感が腹を蝕むのだと。彼らの共有する世界は自分だけのものでなければならないのである。まれに彼らの世界に他国――インドのような属国がちらつくことがあっても、いつでも祖国はアメリカとカナダを選び、特にアメリカの関心を自分の世界にとどめることで己を安堵させていた。一方で、他国が彼らの世界に顔を覗かせるたび、祖国の腹には粘り気のある不快感が滲み出し、それは彼にまとわりついて離れず、蓄積され、常に反撃の機会を窺っているという。
「だがな、おれは自分のそれを飼い慣らす自信があるんだよ」
 祖国は言い切った。肉体による物理的な隔たりこそあれ、根底では自分と弟は「同じ」存在なのだから、境界など意識しなければ合一することも可能だし、人間の男女や親子よりも深いつながりとルーツがあると祖国は確信している。
 その動きにも、声にも、表情にも、言い知れぬ狂気をかんじ、わたしはとっさに身を引いた。我に返った瞬間にはもう遅く、祖国の訝る視線が動揺するわたしを貫いている。こんなに鋭利なひとだったのか、と驚いた。同時に、彼に共感することは愚考だとも気づく。
 わたしの本職を知る者は少ないし、本名は思い出せない。五六になるが、もっと若々しい気でもあるし、もっと年寄りじみてもいる。わたしは祖国のために命を賭し、祖国はわたしの命を奪いもするだろう。しかし彼は逃げられない。選択という道もない。わたしはその気になれば亡命できる、国に忠誠を誓うだけの人間である。そうとも、彼を裏切れる。
 わたしはこの日、祖国にも上司にも許可を得ず、身分と国籍を隠してアメリカ大陸に渡った。


 一一月二日

 プリマスのコールスヒルに建つ家は、祖国と訪れた一〇年前と何ひとつ変わらずそこにある。丘をのぼり、白いペンキで塗り直された扉を叩こうとしたとき、ばったりと――ああ、ばったりという表現が相応しい、握りに手をかけ扉を開いた男と出くわした。「フランス」そのひとである。
「おや、どうも」おじいさん、とフランスは微笑する。「パリ条約のとき、イギリスの横にいた人だね」
 わたしは頷いた。どうこうする気はないらしく、老人を労る仕草で道を譲られる。あなたはアメリカの横につくでしょうね、とわたしは言った。
「結果的にはそうなるね。教育係に向いてないのさ、あいつ。料理も園芸もマニュアルどおりにやればいいものを、難しく考えすぎて余計なものまで混同しちゃうから、昔はしょっちゅう花を枯らしてたわけ」
 これほどの良種をみすみす潰せない、と彼は言う。
「うちにもようやく見込みのある芽が出てきたの、仕方ないでしょ。ふたつの禍(わざわ)いのうち、ましなほうを選ぶしかないんだから」
 花開くまで勝者のもとに温存しておきたいのは、コルシカ島からフランス本土に預けられているブオナパルテ家の兄弟のことだろう。祖国と隣国はともに狡猾さでいい勝負をしていると思うのだが、フランスほど抜け目のない国も珍しい。フランスが我が国に敵対せずとも――そんなことは万に一つもないだろうが――祖国は先の覇権争いによって欧州全土から蛇喝のごとく嫌われて孤立している。特に貿易関係で蹴散らしてきたスペインとオランダあたりは、アメリカを支援するに違いない。
 これは個人的なことだけど、と彼は付け加えた。「おれは誰かに度外れて好かれたくないんだよ。あいつは身内を偏愛する、やさしさが極端に陰湿で拘泥しているわけ。火傷した猫は水をも怖がると言うだろ、おれはもうこりごりなんだ――あの子を見るのは」
 あの子(elle)が誰を指すのか判らないが、彼の言い方を聞くに彼女に対する思いは祖国のエリザベス女王陛下への純忠と同じく至誠であるらしい。
「おまえさんも苦労するな、腰を痛めないよう気をつけて」じゃあね、とフランスは自国の人間が待つ海岸へと丘をくだっていく。潮風になびく金髪を見送っていると、背後から声をかけられた。
「久しぶり、ハワードおじさん」
 外見一五かそこらの少年を目にして年甲斐もなく驚いてしまう。ほんの一〇年の間に、アメリカは人間の子どもと同じ速度で第二次性徴を発現していた。国土の変化は目まぐるしいから順当な伸びかもしれないが、華奢な線を残しつつも筋肉質をつけた身体と顔にできたニキビ、笑顔にも警戒心を含ませるところなど、本国にいる人間の子どもとなんら変わりない思春期の少年そのものである。
 彼は農夫の格好をしていた、近所の人々を手伝っているのだろう。
「イギリスに見つかったら怒られるだろうけど、夜会服や軍服じゃ出来ない仕事もあるんだ」とアメリカは少し草臥れた顔をして笑う。
 わたしは居間に通された。一〇年前に祖国が紅茶を出してくれた木目の食卓で、よもやアメリカにコーヒーを振る舞われることになろうとは――彼の淹れたコーヒーについて、泥水のような味がすることは黙っておこう。考え直してくれと言いにきたのではないことを彼に伝えると、アメリカは荷造りし終えた室内と同じがらんとした表情を向けた。
「心配しなくてもカナダ(兄弟)はイギリスを助けるよ。何度も説得したけど、振られたんだ」
 イギリスを嫌いになったのか、と訊けば「分光学だよ」と彼はかぶりを振る。「ハワードおじさんがくれた本を読んでから、虹は七色なのかと考えるようになった。闇と光が混じり合い、連続した多用な色彩を生じさせるんだって。うん、嵐のあとに空を見ると、本当に何色も鮮やかに輝いているんだよね。この世界も虹のように自由な色をして、身分の差はなく平等であるべきだ」
 いつか青空に架かる虹まで飛んでゆける機械を発明したら、今度は夜空の月まで行ってみたい、と彼は瞳を輝かせる。玩具も絵本もなくなった部屋に破天荒な夢を描いている。
「叶うものならイギリスと一緒にそこへ行きたいよ、けれど彼はそれを許さないだろう。悪い魔法使いみたいに西も東も英国式の結界に縛りつけるんだ。彼の呪いを解くためには強くならないと――欧州の連中は未開の土地に踏みこんでは老獪ぶりを発揮するし、奸知に長けている。それが狭苦しい土地で生きていくために必要な手段だってことは、おれもイギリスの背中を見ていたから解らないわけじゃない。でもね、彼が紳士的な振る舞いを重んじたり、意匠を凝らした刺繍やら陶器やら庭園やら、美しいものをおしなべて飾るのは、裏に隠したいやましさがあるからさ。彼の悪辣なんて世界中が知っているのにね。
 とどめの印紙法が出されたとき、同じことを本人にぶつけたら、あのひとは言ったよ――『こんなことしないとなぁ、生きていけねえんだよ』――獄中のリア王みたいな顔をしてね」
 アメリカは壁の板目に拳を打ちつけた。板壁には額縁の跡がくっきりと残っており、決断を迫られるアメリカの横顔が肖像画として額装されたように重なる。
「お国柄というやつかな、おれは彼のことをシェイクスピアの悲劇の主人公によく似ていると思うよ。わからず屋! もう哀れでならない」
 リア王まではいっていない、せいぜい王になったばかりのマクベスだろうとわたしは思う。
「だとしても悪で始まったことは、さらなる悪で強くなるというじゃないか」
 祖国がリア王ならきみは誰だい、とわたしは訊く。アメリカは板壁に寄りかかり寸考した。
「何もないと答えたコーデリアには同意するね――すべてがあふれるところから無が生まれること、彼は理解しているのかな。裏切りじゃないと解ってほしい。今この決起こそ、おれが彼のためにできる唯一の報いなんだ」
 わたしがようやくコーヒーを飲み干したころ、アメリカは自分の背嚢を肩にかけ、窓から海をながめていた。彼は背を向けたままわたしの名を呼んだ。
「あなたのような人は、ともすればケント伯爵になるだろう。どうかな、おれなら悲劇なんて書かないよ。彼が兄弟と心中する前に止めてやる。だってさ、家族全員死んじゃうなんて――」
 あんなのないだろ、とアメリカは言う。あんなふうに愚かな生きものが人間だ、とわたしは言う。シェイクスピアの描くドーヴァーの断崖があると同時にないものだとしても、人間が身投げできる深淵はどこにでもある。そもそも不幸は単体でやってこない。
 あなたもやはりイギリス人だね、とアメリカは吹っ切れた顔つきで笑う。ああ、ああ、そうとも、わたしはやはりイギリス人なのだとも。そしてアメリカとは、ヨーロッパの夢想にして同時に歴史の事実、言わば無限に後退してゆく無垢のまぼろしの最後の地平線こそ彼の住み家であり、これが所謂フロンティアなのだろう。このフロンティアでヨーロッパの人間は、異質の体験の世界に映された運命をたどる。伝統的な階級の区別が薄れてゆく世界であり、意味深い歴史も欠けていれば、実質的な過去すら希薄な世界である。我らヨーロッパの想像上の子供時代を演じぬくべく運命づけられていたもの、さればこそ彼はもはや十三の植民地ではなく、自己同一性の主体としてアメリカ然としているのだ。


 一七七五年、ハワードの手記


 四月一九日

 前夜よりボストンに駐屯するイギリス国王軍七〇〇名は、スミス中佐の指揮下でコンコードに集積する植民地民兵の武器庫を押収するため、またポール・リヴェラのようなレキシントンの愛国派(パトリオット)逮捕のため、チャールズ川を越えてレキシントンへ向けて行軍を始めていた。明朝、国王軍はわずか七七人の民兵に待ち構えられ、夜明け空に突如として一発の銃声が響いたという。正規兵の証言によると、最初の発砲は酒場の垣根の背後か、あるいは建物の隅にいた植民地見物人の中から聞こえたというが、確証は得られない。とにかく両陣営の真正面からでないのは確かだろう。正直どちらやろうとも結果は同じだし、てっとり早く開戦するためによく使われる方策である。
 レキシントンではゲージ将軍率いるイギリス兵士数名が死亡。コンコードでの収穫などなきに等しいが、辛うじて成功したかと思いきや、帰路で再び待ち伏せに遭い、計二四四名が死傷したとの報告を受ける。わたしとしては軍事機密が漏れた原因を追及すべきと提案したいが、そもそも本国にも入植地にも敵味方入り乱れているのが問題であろう。袂を分かつとはいえ、本来は同じ国民だったのだから。
 祖国はペスト以来はじめて体調を崩した。ジョージ三世国王陛下の個人的な実験室に引きこもり、次回予測される戦闘までに体力を回復するという。
 傍目には過剰のようで実際には搾取と変わりない、つまるところ盲信でしかない祖国の愛情に気づいた子どもは、正義の名のもと彼の呪いを解くため、いとも容易く反旗を翻す。祖国が騙し騙し懸命につくりあげた砂の巨城は、いまやひとりの国(おとこ)が鎮座し、「自由」を願う人間が往き来する、巨大な大陸に相応しい世界へと変貌を遂げた。開拓者の自立心がアメリカの関心を攫い、彼の世界に住み着いたのである。よりどころとしていた大陸に見放され、心底大事に抱えこんできた世界は簡単に崩れ去った。宗主国とともにある栄光をあっさり捨てた弟の心の内を、祖国は理解しかねているようであった。


 五月一〇日

 フィラデルフィアにて第二回大陸会議が開催される。十三植民地の代表は「武力抵抗の理由と必要の宣言」を採択、アメリカ連合軍を創設し、ヴァージニアの大農園主ワシントンを総司令官に任命した。さらにワシントン軍はボストンへ向かい、ヨーロッパ諸国と外交関係を結ぶため、外交使節の派遣と戦争遂行に必要な紙幣の発行を決めた――二ヶ月ほど仕事が忙しくなるだろう。


 七月三〇日

 クック船長が二度目の航海から無事に帰還する。船はポーツマスのスピットヘッドに入港中。なんと壊血病による死者を一人も出さずに戻るという快挙を成し遂げた。やはり食事が重要なのだ、飲食物は胃を満たして酔っぱらうためだけにあるものではないのだ。
 クック船長は海洋時計を使った経度測定法の素晴らしさに魅了されていた。レゾリューション号では誰よりも時計こそが彼の「信頼できる友人」兼「無謬のガイド」として役立ったらしい。さらに船長はクロノメーターの計測から人類初の南洋諸島の海図を製作する。ところで、船長は本国の様変わりに驚愕した様子で、やたらと増えた工場、改良中の蒸気機関、アメリカの反乱――自分がまるで常若の国ティル・ナ・ノーグから戻る途中に馬から落ちた三〇〇歳のオシアンのようだ、と困惑している。
 わたしは仕事でしばらく国を出る。税関史のトマス・ペインは俸給の低さと腐敗選挙から国王陛下への反発心を培い、去年とうとうアメリカへ渡ったが、わたしは祖国のために最後まで尽くそう。


 一七七六年、ハワードの手記


 三月二四日

 ジョン・ハリソンが天に召される。八三回目の生誕日のことであった。ハリソンはハムステッドのセント・ジョン教会で、二番目の妻エリザベスとともに安らかなる眠りについている。泣き虫のウィリアムは涙の代わりに、父の生涯で未完に終わった第六号の設計図を自分が引き継ぎ、必ずや均時差の時計を完成させてみせると両親の墓前で誓った。
 祖国は去年の一二月から、ケベックの激戦地でガイ・カールトン少将指揮のもと従軍しており、ウィリアムの意向もあるので訃報は送らずにおく。


 七月九日

 アメリカが独立を宣言する。正確には『独立宣言』として起草修正した基本文書を、二日の大陸会議総会において十三植民地全会一致で決議したのち四日に採択している。八日にフィラデルフィア市民へ正式発表後、本日ニューヨークのワシントン軍の面前で朗読された。
 思想家ロックに遡る抵抗権と革命権を盛りこんでいるらしいが、内容を確認するまでもない――ケベックまで足を運んだわたしの目と耳が正常に機能しているならば、目の前で祖国が宣言内容を何度も復唱しているからである。
「われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、そのなかに生命、自由および幸福の追求の含まれていること信ずる――」
 チャールズ・ダグラス海尉の小戦隊が補給物資を運んでくると、祖国はケベックを弟のカナダに任せ、ハノーヴァー選帝侯を支持するドイツ人傭兵の軍隊を引き連れてスタテンアイランドに上陸したと聞く。そして昨日、見覚えのない鷲が届けた一通の書状を通読すると、ものすごい剣幕になり、ひるんだ味方に脇目も振らず自分の天幕に駆けこんでいった。夜が明けても閉じこもったまま一歩も外に出てこない、とウィリアム・ハウ将軍の伝令が証言している。将軍の許可を得て天幕をくぐると、粗末な十字架と粗末な文机と粗末な毛布と豪華な茶器があるだけの薄暗い天幕に、ぼろぼろの赤服を着込んだ祖国がうずくまっていた。独立宣言に署名した者の名を読み上げている。署名者にはアメリカへ渡ったイングランド人、アイルランド人、ウェールズ人、スコットランド人もいた。
「連続せる暴虐と纂奪の事実が明らかに一貫した目的のもとに、人民を絶対的暴政のもとに圧倒せんとする企図を表示するにいたるとき、そのような政府を廃棄し、自らの将来の保安のために、新たなる保障の組織を創設することは、かれらの権利であり、また義務である。これら植民地の隠忍した苦難は、まったくそういう場合であり、今や彼らをして、余儀なく、従前の政治形体を変改せしめる必要は、そこから生ずる。イギリスの現国王の歴史は、これら諸邦の上に、絶対の暴君制を樹立することを直接の目的としてくり返して行われた、悪行と纂奪との歴史である」
 あくぎょうとさんだつとのれきしである――という部分を、腐肉でも噛むように咀嚼する彼の不様な息づかいがむなしく響く。全身に震えが走りつづけ、歯の根が合わないのか惨めな音は鳴り止まない。喩えがたい感情に見舞われても形容する言葉など持たない祖国のことだ、怒りの断案をそれらに貼りつけ、アメリカに怒りを覚えたのだと、そう思いこんでみせるのだろう。
「おれの生来の遵法精神と寛大さに訴える? 相互の結びつきと親交が必ずや断ち切られることとならぬように? おれたちの血縁的な絆とは何だ? 正義の声と血縁の訴えなら聞こえたさ、分離を宣言する必要性を認めろだと? 戦時においては敵、平和時においては友とみなすなら、見知らぬ他人と変わらない」
 頭を掻きむしる祖国は、わたしの気配に気づくと膝元に這いすがってきた。行きましょう、とわたしは言う。
「ホイッグ党の皆さんのために」祖国はぶつぶつと何事か呟く。「皆さんのために、アメリカとの戦争の意義を整理して差し上げよう! 我々には独立軍を叩き潰す兵力がある! 我が国の軍事力がアメリカに勝ることは明白! しかし――」
 何やら庶民院で聞こえてきそうな発言である。遠い土地から本国の議会を盗み聞いているのだろうか、彼は時々まじないのような儀式をする。
「しかし、武力と正義の線引きは必要だ」
 ごもっとも、とわたしは相槌を打つ。
「世迷い言を!」肯定したのに祖国は激高した。「正義は勝者のものである! そのような態度は独立軍に屈しろと言わんばかり! 革命は性病と同じ、人から人へと移るのだ……」
 これが現在の議会で飛び交っている有意義な発言であるとすれば、彼らは性病について知識も経験も豊富らしい。わたしの足元でうずくまる祖国は、なおも呪詛を吐きながら頭を抱えている。
「入植者の半分が我が国に忠実なのに、わざわざ手放す必要があるのか? ――いいや、忠実なのは四人に一人以下! ――ならば説明してもらおうではないか、融和と降伏はどう違うのか? ――その二つの違いは単に費やす時間だ。時間をかければ一万の若者が無駄に命を落とすことになる!」
 祖国は他人の心理を読み、たくみに利用することには鋭敏であるが、一方で自分がつくり出した迷路に入りこもうとする傾向にある。以前「相反」という言葉を哲学者から聞いた覚えがあり、まさしくこれがそうではないだろうか。祖国の大脳皮質は相反する指令を出しているのである。神経細胞が伝える指令と、彼自身の意思が異なっている。日常生活ではよく起こるらしい。しかし時々その相反が深刻になり、病気を引き起こしてしまう。ふたつの矛盾する指示を与えると、最悪ひとは壊れる。国は、どうだろうか。
「どうしてなんだ」と祖国がうめく。「おれは間違ってなんか」
 ない、と続いた語尾はかすれ声のせいで無情に消え入る。野バラが散っていくように物哀しい。日暮れの斜陽をゆるやかに通す天幕の中、彼は黄金の夥しい夕景が映し出した影絵のようである。無と有を明確に分けて流動していく影に失くした、彼が望む二指の姿はもう戻らないだろう。汗と泥臭さが漂うくり抜かれた異形は、唖(おし)ばかり、蔦ばかり。そこから這い出て絡まる螺旋の腕が、わたしの足元を覚束なくさせる。
「ちくしょう」
 祖国は地面を拳で殴ると、遅鈍に上体を起こして天幕を出た。わたしはうしろについて歩く。地面をにらみつける。無言だ。兵士らは祖国を筆頭に堂々と歩く姿を信じて疑わない。アメリカの空なのに珍しく曇っている。雨になるかもしれない。沈鬱な気分で視線を落とし、そこで気づく。砂利にうずくまる祖国を目に入れ、息がとまる。近くにいたハウ将軍が彼に駆けよる。祖国は血を吐いた。わたしは地面に根を張る足を動かし、祖国の横に力なく膝をついた。


 一七八一年、ハワードの手記


 八月一一日

 不本意ながら五年前より体調を崩している。近頃ようやく憎たらしい腰痛もましになり、こうして二本足で歩き――いや、杖をついているので三本足か――書斎の机に向かうことを可能としている。六四になるが、仕事に復帰したく思う。何故ならわたしが寝台でうんうん寝返りをうっている間に、国も世界も無情なほどに様変わりしてしまい、ようやくオシアンの心情がわかるというのにクック船長は二年前の航海中、先住民に殺されてしまったというではないか。
 他にも馬蹄で騒音のひどい近所がコークス炉の轟音でさらなる被害をこうむっていたり、石炭で動く蒸気ポンプが余計に黒々とした煙を吐いて空を覆っているなど、ロンドンの不潔さを書き出すときりがない。第二のジョナサン・ワイルドが現れたのかもしれない、死体も文字通り腐るほど転がっている。
 わたしを度々訪ねてくれるウィリアムは、時計製作の合間をぬって現在の戦況を事細かに教えてくれていた。彼が入手した情報と新聞を読むに、やはり一七七七年一〇月のサラトガが戦局の決定打となったことを、我々イギリス人は潔く認めなければならない。そもそもサラトガの件については、戦う前からロンドンの社交界でもこちらが負けるだろうと予想されていた。イギリス国王軍の作戦は無茶と出鱈目なものであり、ジョン・バーゴイン中将は当然の帰結ともいえる失敗を重ねた。さらなる不幸は、本国の大臣らが大陸の天候を把握していなかったことだろう。悪天候が続く中でブヨの襲来に遭うなど、ウールの軍と足にゲートルを巻き、堅すぎる襟でうつむくこともできない国王軍にとっては地獄でしかない。ドイツ兵にはいっそう同情する。愛国的な調べを奏でる音楽隊のあとに行進するしかないため、命中率の高い施条(ライフル銃)を持った狙撃兵に狙われたり騙されたりして二三〇名も死傷しているのだ――イギリス国王軍が持つのは旧式の滑空(マスケット)銃だというのに。
 先住民の頑張りもむなしく、アメリカ軍司令官ホレイショー・ゲイツの前に万策尽きたジョン・バーゴイン中将に残された道は降伏しかなかった。
 サラトガでの敗北が慎重なフランスを調子づかせ、一七七八年の二月に戦局が有利と見て同盟を結ぶやいなや、連中はグレートブリテン王国に宣戦してきた。しかもフランスの財務総監ネッケルは増税によらず借入を行い、大変な人気を得ているらしい。我が国には「降れば土砂降り(It never rains but it pours.)」という非常によろしくない諺があり、翌年にはスペインが、翌々年にはオランダが、フランスと同じくアメリカ側に参戦したわけである。その上こちらが対アメリカ海上封鎖をしたことに対し、ロシアのエカチェリーナ二世が武装中立同盟なるいじめを提唱し、これにスウェーデン、デンマーク、プロイセン、ポルトガルが参加した。笑い事ではないが、もう散々である。この状態で例のフランスの芽が花開いた日にはどうなるのか。
 ジョージ三世国王陛下は自国の劣勢に加え、そこそこ成長した王太子らの腕白ではすまない――王子らは本当に揃いも揃って問題児なのである。王と王妃はお二人とも勤勉であるのに、悲しむべきかな、彼らは両親の美徳を欠片も引き継いでおらず、それどころか自然界の法則かとも思われる正反対の性格に生まれついた。異性との遊びに走り、賭博に走り、借金をつくる。これが男だけで九人もいるというのだから勘弁願いたい――数々の暴挙にお心をすり減らし、次第に奇行が目立つようになる。情緒不安定という程度なのだが、侍医に薬を処方させている。陛下の変調は心身をやられている祖国に同調してのことかもしれない。
 フランス国王とはいえルイ一六世は寛大な方であり、無類の航海好きで、さらにいうと家臣から注意されるほどイギリス文学もよく読むような方なので、ジョージ三世国王陛下の体調を心配していると聞く。ルイ一六世はこの戦争中、我が国の漁民を不安に陥れないよう自国の海軍に命じ、それを受けて我が国の政府も同様の措置を採っている。それでも敵対するのが隣人の定めというものよ。


 一〇月一九日

 わたしは八月から仕事に復帰した。役職は同じく秘密諜報部のまま戦火を交える大陸へ渡り、王党派(ロイヤリスト)出身のアメリカ軍将官ベネディクト・アーノルドとの策謀に取り組む手筈である。この作戦はわたしが寝込んだせいで交渉が停頓していた。アーノルドの妻とわたしは親しい友人であり、わたしは彼女を通信の仲介係に選んだ。ウェストポイント砦の指揮官に任命されたアーノルドから、二万ポンドで砦を国王軍に売り渡してもらおうというわけで、彼もすでに合意している。問題は引き渡す時機であり、この策謀が成功したならば、イギリス国王軍はニューイングランドを他方から孤立させられる。
 だが作戦は実行されぬまま、アーノルドが二万ポンドを受けとる未来も潰える。わたしがニューヨークに到着したこの日、我が軍の指揮官コーンウォリス卿が降伏文書に調印したのである。
 心を鎮めるために順を追おう。先月五日に起こったヴァージニア岬沖チェサピーク湾口の海戦は、トーマス・グレイブス少将率いるイギリス艦隊とグラス伯爵率いるフランス艦隊の衝突であったが、イギリス艦隊はフランス艦隊に痛手を与えられぬまま、ヨークタウンのコーウォール将軍への援軍と補給を阻止されるという決定的な敗北を喫した。これにより今世紀最大の完敗という不名誉な戦例が打ち立てられもした。
 ヨークタウンにはノースカロライナの戦いで多くの犠牲者を出した、南部のイギリス国王軍が撤退してきている。そこにワシントン将軍、ラ・ファイエット侯爵とロシャンボー伯爵が率いるおよそ一万六千のアメリカ・フランス連合軍が、攻撃計画をニューヨークからヨークタウンに変更してデラウェア川を渡っているという情報も入手していた。従って艦隊を南へ派遣したというのに、海上をフランス海軍に封鎖されたとなれば非常に厳しい局面である。海陸から国王軍を包囲した連合軍は、かれこれ二週間に渡ってヨークタウンを砲撃していた。
 イギリス海軍は大西洋の制海権を握っていたものの、フランスのブレストを基地に本国の海岸を襲撃してくるアメリカ艦隊と、ジブラルタルを狙うスペイン艦隊に対して艦船を割く必要があり、するとワシントン将軍が指揮する同盟軍の陸上砲撃とラ・ファイエット侯爵が率いるフランス軍の海上砲撃を受けるイギリス国王軍は、いかに頑強に抵抗ようとも、弾薬、食糧が欠乏し、戦闘を続けられなくなることなどもはや自明の理。
 こうしてコーンウォリス卿は二日前に白旗を掲げた。アメリカ独立戦争は事実上、イギリスの敗北により終結したのである。
 一九日、ヨークタウンには雨が降っていた。独立宣言の日も、本国は一日中どしゃ降りだった。祖国は独立旗を掲げるアメリカ合衆国と向き合い、銃口を互いの心の臓に当てたが、最後にはマスケット銃を捨て、泥土にくずおれたという。直後に昏倒した祖国をアメリカ合衆国が助け起こし、調印式になっても昏睡状態から目覚めないため、代理としてコーンウォール卿が降伏文書に調印した顛末である。


 一七八三年、ハワードの手記


 九月三日

 本日パリにて平和条約が結ばれる。前年にノース卿が議会の不信任決議案によって首相を辞任してからというもの、国際的孤立が深まる国内でも平和を望む声が高まっていた。
 このパリ条約はグレートブリテン王国とアメリカ合衆国の講和条約であり、祖国がアメリカ合衆国の独立を承認すること、カナダと一部を除く領土を確認することに加え、ミシシッピ川以東のルイジアナをアメリカ合衆国に割譲し、合衆国のニューファウンドランド周辺の漁業権やミシシッピ川の航行権を承認するものである。
 合衆国の独立を認める一方で、祖国はフランス・スペインとの間にヴェルサイユ平和条約を同日締結せねばならず、いくらかの島を彼らに割譲することもあってか、心身ともに最悪の条件で調印式に望んでいた。何を訊いてもほとんど空返事で、それは同じ「国」相手にも変わりなく、なんとか正装させた身体は文字通り老いさらばえていた。もともとなめらかでもない金髪はケントの豚毛ブラシのようにぱさぱさで、湯浴みも何ヶ月していないのか、新鮮な死体でも眉をひそめるような臭いがする。身形(みなり)は良くとも、戦場の殺気立った状態から戻れていない。みどりの目元が腫れていることについては、フランスを含めた誰しもが見て見ぬ振りをするという気遣いをしてのけたのが天晴であろう。アメリカ合衆国は堂々とした風情が立派なもので、貨幣の発行や租税と貿易に関する意見を述べたり、フランスとスペインに司法機関について若者らしく虚心坦懐あけすけに助言を求めたりもしている。祖国は無言のまま席を立つ。アメリカ合衆国とは、一度たりとも目を合わせなかった。


 一二月一日

 小氷期のテムズ河も凍り、氷上で牧師がスケートをしはじめたり、霜祭り(フロストフェア)の露店が並ぶ時期になる。
 一〇日前の一一月二一日、フランスのモンゴルフィエ兄弟が熱気球による史上初の有人飛行を決行したらしい。兄弟はすでに九月の半ば、ヴェルサイユ宮殿の広場で国王ルイ一六世と王妃マリー・アントワネットが見守る中、気球に吊り下げた柳籠に羊と家鴨と鶏を入れての飛行実験にも成功している。その方法は焚き火の煙を袋に集めた熱で飛行するというものだ。有人飛行には初め、死刑囚を乗せる予定だったが、人類初の栄光を罪人に与えてはならないと勇気ある二人の若者が名乗りを上げたという。熱気球はブローニュの森から飛び立ち、九八ヤードの高さと約五.五マイルの飛行を記録した。わたしなら、たとえ成功すると保証があろうとも、足が地面から二五分間も離れるなど御免こうむる。
 本日はジャック・シャルルという科学者が、ヘリウムを詰めた気球で有人飛行に挑戦するというのだから、空を飛んで虹まで行くという若きアメリカのご大層な夢も、あながち夢想だけでは終らないのかもしれない。
 鋳鉄レールで農村やコークス炉と都市をつなぎ、蒸気機関は日々小型化されてゆき、このように人間が空を飛ぶ時代がそこまで来ているというのに、我らがグレートブリテン王国の化身はジョージ三世国王陛下の実験室に引きこもったまま出てこない。かれこれ三ヶ月になろう。
 一度こっそりと扉をほんの少し開いて部屋の中を覗いてみたら、昼前だというのにカーテンをすべて閉じ、開いた扉の隙間から射しこむ一条のひかりの中を埃が舞っていた。淀んで陰気くさい空間では、チッペンデールのデザインしたマホガニーの棚に並ぶ陛下の自然哲学実験器具が、時計のように一定間隔の調子を刻んでいる。実際、置き時計の秒針が動く音も聞こえる。左右に揺れる化学天秤や青い顔料の小瓶、銀製の顕微鏡、プリーストリー製作の蒸留機器、美しい細工を施した惑星儀(オーラリ)には二年前ウィリアム・ハーシェルによって発見された小さな天王星が新たに追加されている。国王陛下の繊細な情緒が安定を失いはじめてから用済みとなった実験室の奥には、陛下の名残である天蓋付きの寝台と、それを囲むようにして書物で埋まった書架が置いてあり、まるで流れ去ってもはや取り戻しようのない時間が、我々が置いてきた歳月が、いまだ未来のなかに存在しているかのようである。
 寝台のシーツが一部まるみを帯びている。ほとんど沈んだまるまりに動きはないが、よくよく耳を澄ませば、やはり何か喋りつづけている。
「ああ、このかたい肉体が溶けて分解して露となればいい。ああ、永遠なる者が自殺を大罪とする掟を定めなければ良かったのに。神よ、神よ、この世の一切の営みは、なんと疲れ果て、単調で、退屈で、空しいのだろう。ええい、どうとでもなれ、この世は雑草はびこる庭なのだ、伸び放題のまま実のなるに任せ、下品で粗野なものがすっかり覆い尽くしている。事、ここに至るとは」
 ハムレットの台詞か。祖国は文学と芸事に明るい。シェイクスピア、ジョン・ハリソンはあれが大嫌いで家には一冊も置かせなかった。
「この手の有様はなんだ。目玉が飛び出しそうだ。ネプチューンが司る海原を集めて一滴残らず使ったなら、この血を、おれの手からきれいに洗い流せるだろうか。いや、この手が七つの海を朱に染め、青い海原を真紅に変えるだろう」
 お次はマクベスだ。両の手のひらをわなわなと震わせている。迫真の演技である、と思いたい。祖国の想像力は逡巡することなく、まっすぐ行き着くところまで行き着いてしまうのだろう。とかく悪を犯したらもう引き返せない、境を越えれば天地が裂けても悪人なのだ。
「この世のたがは外れている。ああ、無念至極だ、あの子がそれを正すために生まれてきたとは――おまえは泣いておるのか。そうか、頼むから泣かないでくれ。おまえが毒を入れても、おれは飲み干すだろう。おまえがおれを愛していないのは知っている……」
 ジンの空壜が壁に投げつけられる。寝台のまわりには他にも硝子片が散乱していた。枕元にあるのは阿片チンキの入った薬瓶だろう。
「おれのかわいい阿呆が殺されたぞ。犬でさえ、馬でさえ、鼠でさえ生きているというのに、おまえはもう戻ってこないのか、二度と、二度と、二度と、二度と、二度と!」
 二度と、が螺子の外れた機械のように延々と紡がれるので、わたしは祖国にそっと呼びかけてみる。心配しなくていい、とひとこと聞こえたので思わず希望を抱いたが、あとにはこう続いた。
「おれは占いは信じないが、雀一羽落ちるにも天の配慮がある。いかなるときにも覚悟はしておかねばならぬ。誰もが去るときはすべて残して行くのだから、早く世を去ったからといって、なんの障りがあろう。もう言うな」
 まともな会話は望めない。わたしはそう判断し、実験室の扉を閉じた。最善を願って最悪の結果を招いた者は、何も我々が初めてではなかろうに。
 コールスヒルに建つ小屋はもうない。暴動に乗じて輩が火をつけ、跡形もなく燃え尽きたらしい。幸か不幸か、焼け跡から最初の冬を越せずに亡くなった清教徒らの遺骨が発見され、それらを石棺に納めて供養したという。