メルキオールとわたし Catalunya 光と影の国

 
 九月十一日は、一七一四年間のスペイン継承戦争において、アンジュー公フィリップの支持者たちによってバルセロナが陥落した、カタルーニャ独立の終焉の日にあたる。以来この日はカタルーニャ地方の祝日(ラ・ディアダ)で、サン・ジョアン大通りの近くにあるカタラン戦士ラファエロ・カサノバの彫像の前には、毎年多くの政治家たちがカタルーニャの旗(サニェーラ)に彩られた大きな花束を捧げにやってくる。普段は中華街のごとき様相を呈しているこの界隈も、この日ばかりは漢字の看板が見えないほどのサニェーラで埋め尽くされ、なじみの小さなパン屋の店頭にさえ、黄色地に四本の赤線と青い三角形に星が入ったタルトケーキが並ぶ。
 コンサートが開催されるシウタデージャ公園へ行くと、わたしたちはオブリント・パスというバレンシア出身バンドの演奏を聴いた。歌詞が政治的すぎるという理由から、イグナシやマドリード出身の友人は彼らの音楽をあまり好きじゃないけれど、メルキオールはこういう強烈な風刺が大好きで、カタルーニャ公営放送の政治風刺専門番組『ポロニア』も、毎回欠かさず観ては大笑いしている。
 昨年の二〇一〇年、スペイン憲法裁判所が、カタルーニャ有権者の七割も賛成していた新しい自治憲章の中の多くの条項を却下して、とりわけカタルーニャ民族に言及した事項すべてを無効にしたことから、一五〇万人のデモ行進が起きたそうだ。
「北側のディアゴナル通りから海岸の旧市街地までやったかな、ありとあらゆる通りっちゅう通りが、エステラダの赤と黄色と、民族楽器に合わせて独立を叫んどる市民で埋め尽くされてん」
 建設中のサグラダ・ファミリア内部を見学しようと長い行列に並んでいるとき、イグナシが身振り手振り教えてくれた。アンダルシアのアクセントは間延びするような独特の癖がある。
「来年はもっと増える」とメルキオールはとなりで妙に意気込んでいる。
「九〇年にソビエトから独立した三国と同じ、人間の鎖だって出来るくらいになるよ、南方バレンシアの州境からフランスに奪われた北方の国境まで」
 震災と福島原発事故から六ヶ月が経つ日本でも、この日は経済産業省の前に二〇〇〇人が並んで人間の鎖を作っていたけれど、デモの規模が違いすぎて想像できない。
「四〇〇キロメートルはあるで」とイグナシも呆気にとられている。
「不可能じゃない」
 メルキオールは静かに食い下がる。
「今まで事例がなくても、今回のイギリス議会じゃ、スコットランド民族党(SNP)が単独で過半数を獲得した。いくら伝統だろうとも、今年のメルセ祭が終わるころには、バルセロナでの闘牛だって歴史に幕を降ろす。三年後には、カタルーニャがスペインに組みこまれてから三百年が経つでしょ。三百年も待ちつづけて何も変わらないなら」
 何が自由だ、と歯軋るくらいの不満をもらしたメルキオールだけど、その表情はすぐにひっこんでしまい、ごまかすように指を伸ばしてわたしの鼻を摘んできた。
「フランコの死から独裁体制が終わりを迎えても、スペインの民主化なんて、要は妥協で成立した体制交代の別名でしょ。その期間にファシズムは一度も裁かれなかった。そんなんだから四〇年が経過しても、社会的フランコ主義なんてものが出てくる」
 メルキオールが露骨にうんざりした口調で言っても、何ちゅうか、とイグナシは自分の髭をさすりながら垂れ目を細くして、何にも執着しない暢気な調子をくずさない。
「分離独立いうても、一筋縄じゃ片づけへん問題が山積みやんか。スペインにとっちゃ国家存続の危機なわけやし」
 教会の外壁をなぞる列の半ばからサグラダ・ファミリアの外観を見上げると、塔の尖端のピナクルに填められたベネチアン・ガラスがバルセロナの街へきらりとした輝きを投げかけている。イグナシの痩身長躯はガウディの塔を思わせ、彼が設計した建築物のように合理的な思考回路を持っている。
「共生が無理でも共存の道はある。現州知事だって、カタルーニャをまさかコソボに喩えたりはしないでしょ。アメリカやNATO、挙句に闇権力からも支援を受けてさ、草の根まで食い尽くした戦闘の果てに独立なんてやり方は、さらさら御免だ」
 反対に、メルキオールは未完のサグラダ・ファミリアそのものに思える。ひたすら精巧で入り組んだ設計にも関わらず、もとの資料は内戦でほとんど焼失してしまい、本来の完璧な設計図はこの世を去ったガウディの頭のなかにある。そもそも何をもって完成と呼べばいいのだろう、理想と現実の差すら測れないのに。
「マスかて先達のプジョルとおんなしやん。緊縮策で自分の党と州政府が崩壊せんように響きのええ言葉を持ち出しといて、おまえさん方の怒りの矛先が全部マドリードに向かうんも承知しとる上で、中央政府への圧力に使うとるだけやもん」
「連中に本気で財政協定を締結する気がないのは知ってる」
 メルキオールの言葉を、せやろ、とイグナシのまるい声がくるむ。
「CiUの州政府と同調者が意図的にかき立てよる」
「失業や貧困が深刻化するほど、人々の意識が大衆と資本との上下関係に向けられていくのは当然だ。でも、そんなものは民族や文化の違いを超えた性質でしょ。
 そうじゃなくて、自国の政府が自分たちのアイデンティティを体現していないとき、武力にものを言わせるか、それとも言葉を徹底的に戦わせることで解決策を見出すのか––たとえばイギリス議会は、政府と野党が対面して討論する構造になってる、双方から剣を伸ばしても決して切っ先のふれない距離で。これって議場にデザインされた民主主義だ。
 自分たちの運命を、自分たちで決める権利を求める運動に与えられた名前が、民主主義だと思う。ぼくらは、自分たちが何であるかじゃなくて何処にいるかを基準とした、あらゆる人々を受け入れる社会を目指してる」
 メルキオールは曇りない眼で言う。逡巡や危惧なんか微塵もない。行列が終わりに近づいてくる。わたしは内心ひやひやしている。
「ぼくらはスペインから真の民主主義的決別を果たしたいだけ」
 そう話すメルキオールは嬉しそうで、本当はわたしもイグナシと同じように独立なんて出来っこないと考えてしまうから、それはメルキオールの力強く美しい翼をもいでしまう気がして心苦しい。メルキオールのような理念が、わたしには致命的に欠如しているのかもしれない。
 実際、バルセロナはこうしたヨーロッパの無視と忍耐強く闘っていると思う。どこの国も自国の独立主義派の運動を危惧しているし、スペインがよるとさわるとEUの四条二項加盟国の領土の保全を尊重すべしを持ち出すからだ。
「そうだとしても、世界は人の期待や情熱だけで動くようなもんじゃねえだろ」
 凛とした声に全員が振り向く。視線の先には、煙草をくわえて人数分のコーヒーを腕に抱えたロシオが、なんの感情的な訴えもない目をして立っていた。
「万一それが可能でも、スペインとカタルーニャが韓国と北朝鮮ような関係になるんやったら、おれも賛成できへんし」
 そこにイグナシが追い討ちをかける。
「とにかくマスに当てられんといて。あんな三流政治家まったく信用できひん。しょせんはボンボン育ち、田舎ブルジョアの御曹司に過ぎんくせして、何百年も昔から無視しとるマドリードの政治家や官僚相手に独立独立ってな」
「あたしもイグナシに同意だ、メルキオール。プジョルの右派政党は民族主義とか言ってるけどよ、あんなもんマドリードの支配層との馴れ合いだろ、利益の誘導で農村を抑えてるやつらが本気の独立を語るわけねえし。第一、中央にせよ地方にせよ、およそ政治家とは言いがたい連中じゃねえか」
 そうこうしている間に切符売り場まで到着してしまい、メルキオールはわたしたちに背を向けると、淡々とした調子で人数分の入場券を買いはじめた。
「時間待ち長くて塔のぼるのできない」
 ごめん、とメルキオールはロシオたちがいるのに日本語を使い、わたしの分の券を手渡してくる。
「メルキオール」
 誕生のファサードへすたこら歩いていく背中に向かい、イグナシが呼びかける。
「もういいよ、わかってる」
 メルキオールは安々と言う。不機嫌とかどうでもいいわけじゃないのだろうけど、拍子抜けしてしまうくらい納得してしまっている。
「ようないわ」
 イグナシは珍しく語気を荒げ、メルキオールの手首をやや乱暴に掴んで引き戻した。
「おれが腹立ってしゃあないんはな、おまえさん方の気高さや誇りが毎度毎度、ほんまに毎度のごとく利権屋のゴロツキか、せやなかったら無能な理屈屋にすぎん糞どもに、骨だけのボロかすになるまで食いもんにされとることやねん」
 イグナシは同情をにじませながらも、力強く厳しくカタルーニャに寄り添っている。よそ者のわたしも同じことに腹が立つ。多くのカタランが独立民族自立といった言葉にとても敏感に反応することは周知の事実で、それほどまで十分に、スペインの各地方が中央政府からの邪険な扱いに耐え忍んできたことを見てとれるから。
 メルキオールは面食らってぽかんとし、「心配しなくても、そうはならない」と歯牙にもかけずにイグナシを笑い飛ばした。真剣な人間にひと泡ふかせてばかりのメルキオール自身が、焦ったり狼狽えたりするのは一体どんなときだろうと時々思う。
 サグラダ・ファミリア教会では生き辛い人間たちを尻目に、石の生き物たちが共生している。誕生のファサードは樋が蛇、樋先がカタツムリ、蜥蜴、蛙、それに柱基は亀のモチーフだ。アプスにも家鴨、鳩、鶏、牛、馬、騾馬、ガチョウ、力メレオン、フラミンゴ、ペリカンと多様な生き物が彫られていて、果ては蜻蛉までが飛び交っている。
 こんなふうにあくまで奔放に見えながら、ガウディの建築の表皮をはがしてみると驚くほどに機能的、合理的に解析されていることがわかる、とイグナシが前もって教えてくれた。様々なエレメントが入り乱れて完成されている正面とは打って変わり、誕生の門ファサードの裏側は幾何学的に彫られた簡素なデザインでまとめられている。
 白で統一された聖堂内部に足を踏み入れるやいなや、まるで浄化された森のなかにいるかのような、光に満ちあふれた空間に言葉を失った。教会の天窓と、わざわざ色を入れずに上部に設置したステンドグラスから落ちてくる明るい日差しに包まれる感覚に、一日中ここにいたいと願ってしまう。何本もの柱は大樹のように悠々と伸び、さらに枝分かれして木の葉が生い茂る天井を支えている。さまざまな配色のステンドグラスは、時刻によって光をとりこむ角度を寒色から暖色へと変えてゆく。午後の光に照らされるとき、ステンドグラスのグリーンやオレンジが白い柱を人生の夕焼け色に染め上げる。
 しばらく光と影の立体感に埋もれたまま、この喜びを今のうちに伝えなければ、と我に返ってメルキオールを探したところ、ロシオとふたりで何やら邪魔してはいけない雰囲気を醸し出していた。わたしの喜びはとたんに行き場を失い、光に翻弄される羽虫のようにうろうろしていたところ、階段の脇にいるイグナシを見つけた。
「スペインやと、こういう階段のことカタツムリの階段(エスカーラ・ダ・カルゴル)ちゅうねん。鐘塔に登るこのくるくるした階段とか、まさにカタツムリやろ」
 巻き貝の殻のようならせん階段を指差して笑うイグナシに安堵する。
「よく来るの」
「寄付金が高うて、一〇年ぶりの二回目や」イグナシは答えた。「前回は内部の天井もステンドグラスも未完成やったから、こんなに見事になるとは夢にも思わんかったわ」
 教会の建設統行が若きガウディの手に偶然わたってから四三年問、ガウディは人生の大半をかけて教会の建設に力を注いだ。仮に彼がサグラダ・ファミリアに関わっていなければ、四三年間にわたる彼の作風は当然まるきり違っていたことだろう。教会で寝泊まりする必要もなく、若いころに希望していたブルジョア建築家として上流階級の人々と混じり、結婚もして、ましてやベッドの上で死を迎えていたんじゃないかと思う。これが運命というものだろうか。出会いは人にせよ仕事にせよ、これほど人生を狂わせるのだ。
 見い、とイグナシが別の入口を指した。
「実は向こうの地下聖堂だけが、今の教区教会としてミサに使われとるんや。あっちゃこっちゃ広がりすぎたガウディの想像力が、百年経った今も本堂を未完のままにして、肝心の宗教行事に使えもせん無用の教会にしとる」
 メルキオールのことだろうかという疑りを、すぐさま頭から振り払う。
「ま、おれは想像力が究極に貧困やから、やっかみも多少あるんやけどな」
 イグナシは困ったように笑い、言い足した。
 教会が完成しない理由のひとつかもしれないスペイン人の労働嫌いについて、独裁政権時代の教育のせいだとイグナシは主張して憚らない。それが彼らに、守旧的で発展性も乏しい性格を決定的に植えつけた原因だと言う。
「いくら南欧人は今の生活を楽しむ性格ゆうても、そんだけとちゃうねん。せやな、昔っから立派に世界レベルの技量を持ってる選手が多い国やのに、長いこと欧州覇者や世界王者になれんかった最大の理由は何やと思う おれはこう思う––内弁慶でほんまの実力を発揮できひんかったんやろって。はたからはそう見えんでもな」
 イグナシの言うとおり、フランコ以後の新しい教育を受けた若い世代やクラブ運営者、指導者が今になって成功していることは事実だけど、わたしには今ひとつよくわからない。スペインは光と影の国とも呼ばれる。ゴヤやベラスケスの描く光と影、目のくらむ太陽とひんやり暗い石の建物、生死をわける闘牛場、西欧と中東の融合、栄光と凋落といった鮮烈な印象があるからかもしれない。そこに大なり小なり偏見や誤解があるとはいえ、共通の認識がどうにか成立するイギリス人やフランス人とは違い、こうした交々を羅列してみても、わたしにはスペイン人を表せるものが何なのか、どうにもぴんとこない。
 紅海とペルシャ湾の次に水温の高い地中海は、十月になった今も海水浴ができる。むしろ七月だと日射しがきつく、「午前中に海岸へおりて正午はもどる、昼寝して夕方から出て行かねえと日射病になるぞ」とロシオに忠告されたことがある。九月ほど暑くないけれど日射しは照り、珍しくシャイメが車を運転できる調子の良さだというから、いつもの五人でバルセロネタより南に一時間くらい先にある町、ガバ・マルまで走ることにした。車の窓ガラスは相変わらず割れたまま、誰も気にしていない。
 メルキオールが助手席から、小魚のフリッターを運転中のシャイメが開けた口へと、餌づけでもするようにして放りこんでいる。フリッターを食べていないと、口寂しいシャイメが絶え間なく喋りつづけるからだ。
「中学を出たあと一時期、テネリフェのイギリス人が多くいる地域にいたんだけどさ。そいつらが贔屓のチームのシャツを着てパブに行くのをいつも見てたのよ、真っ昼間にね。各チームに各パブがあるって感じ、そう、チェルシーのサポーターが入るパブとか、リバプールのサポーターが自然に集まっちゃうパブとか。往来で大声出して勝利を喜んだり、ビールを飲んで太陽を浴びながら踊ってたり、そういう光景が信じらんないくらい楽しそうに見えてさ。メルキオールとおれの地元じゃ、楽しそうな連中なんて目にしないもん」
 つまり、シャイメの遊びはイギリス人仕込みというわけか、と全員が納得した。
 FCバルセロナの選手も好んで住むガバに到着したのはいいけれど、商店街は一様に閑散としていた。昼休みには早いのにどこも閉店していて、多くの店先が鎧戸を覆うほど大きなベニヤの看板を置いてある。商店街に再び活気が戻るように、との願いがこめられているらしい看板には、原色のペンキで魚を売る店主の姿や名産物が、ひとつひとつ丹念に描かれていて、それを見ていたら余計に悲しくなった。
 そこから角を曲がると小さな入り江があり、わたしたちは路肩に車を停めておりていく。崖下にひっそりとあるからか、老人たちが日本の温泉浴場と同じ格好になって日光浴をしている。スペインのビーチにおける女性のトップレスは、男性からしても特筆すべき事項ではなく、バルセロネタの近くには全裸になれるビーチすらある。そういうわけだから、今日もロシオは南国の熟れた果実みたいな乳房をさらし、砂浜で豪快にあぐらをかいて日焼け止めをぬりこめていた。手首につけた五月の太陽のブレスレットが可憐にゆれる。実際、わたしも着替えやら何やらではメルキオールたちの裸なら何度も見ているし、この面子だともはや何も気にならない。
 シャイメは膝上まで海水に浸かり、仁王立ちのまま太陽を見ている。じっと動かない。彼なりの太陽信仰か、日光を温泉水のように浴びたいのだろう。
 メルキオールから、魚の餌用のパン屑が入ったポリ袋をもらった。泳ぐときはパンが散らないように逆さまに持つ。わたしは海草が絡まってくるところを通りすぎ、どんどん沖まで泳いでいく。ちっとも前に進んでいない気がしたら、反対に仰向けになったほうがいいと、メルキオールが教えてくれた。
「息を落ち着かせて、ゆっくり蹴って。ね、進みだしたでしょ」
 メルキオールに追い抜かれる。わたしはぎりぎりのところまで泳いでいった。この時間帯の地中海は、あらゆる光にあふれている。空は大きな青い弧を描き、遠くにマヨルカ島の影が見える。海から吹いてくる風が、港に停泊する船のマストに当たると、ちりんちりんと縄が鳴る。しばらく沖に浮かんでいたら、餌袋はもう空っぽになっていた。
 岸の近くまで泳いでいく。メルキオールはすでに彼岸にあがっている。上半身を拭く、その足元が目にとまる。人差し指がいちばん長く、とんがった爪先の足の皮は少し痛んでひび割れている。
 わたしは海から這い出ようとして押し倒される。泳いでいると波の勢いに直撃されることもあるけれど、メルキオールのいるところは普段そうならない。
「もう泳がないの」
 わたしが腰まで浸かったところから訊くと、メルキオールは結構な間を置いてから答える。
「ちょっと寒い」
 珍しく潤いをふくんだまま笑い、腕組みをして遠くを見ている。その先には海面へ出てきた人魚のようなロシオがいるんじゃないかと、わたしは思う。
「外にいるからだよ、海の中は温かいわ」
 メルキオールは何やら上の空で、「大陸斜面って知ってる」と上の空のまま訊いてくる。
「落ちていくんだ、海の底まで何百メートルも。あそこの足下の暗さといったら、他に見たことがないくらい恐ろしくて。海底がそんなふうになってること、まるで知らなかった」
 海面に戻れば、そもそも底のほうに壁があること自体を忘れてしまう、とメルキオールは言う。
「じゃ、海底は一体どうなってると思ってたの」
「うん、そういうことだ」
 ひとりで納得されても、首を傾げるばかりだ。
 わたしはのどが乾いていたから、浜辺より一段高い港の遊歩道にある海の家(チリンギート)へ向かった。うしろからメルキオールもついて来て、ふたりで裸足のまま歩いていく。カウンターに夏だけ置かれるオルチャータ専用サーバーを指差すと、メルキオールがカタルーニャ語でそれを一杯ずつ注文した。カヤツリグサの下茎をすり潰し、砂糖とシナモンで味付けしてあるオルチャータは、いつ飲んでも不思議な味がするから、不思議に思っているうちに飲み干してしまう。
 服を着たあとは、ロシオとイグナシがバレンシアの漁師から薦められたという料理店に入って昼食にした。店では創業以来ずっと鰯フライだけを看板料理として出しているから、メニュー表がない。熱々の揚げたて鰯が席に運ばれてくると、据え置きの樽から注がれるラベルも銘柄もわからない一杯一ユーロの薄いワインを、赤白交互に飲みながら鰯をつまんだ。イグナシはソースに異様な興味を示し、何度も味わっていた。ピーマンや茄子、トマトなどの野菜とパンを煮込み、塩胡椒で味付けしたサンファイナを合わせてあるらしい。
「歴史はラタトゥイユより古うて、名前の由来はラテン語の交響楽言われとる」
 イグナシの食に対する知識と貪欲さには毎回ひれ伏すばかりで、食事をするたびに写真を撮ってレシピを尋ねるのが、彼の常套作法となっている。
 帰り道、ガバでパンを買うと同じパンがもうひとつ付いてくるという話を聞きつけ、わたしたちはカタルーニャの田舎パンを買いだめしようと計画した。トマトをこすりつけてオリーブ油をたらし、塩をふりかけて食べるパン・トマカのため、ダリの『パン籠』にあるような田舎パンは欠かせない。田舎パンをひとり一本ずつ買うと、おまけがついて合計一〇本になり、店内の田舎パンはこの日の棚からすべて消え失せた。
 さつまいもを練って丸めたマジパンのまわりにアーモンドや松の実をまぶしてある、色とりどりのパナジェッツも同じパン屋に並べられていた。「もうすぐ亡き人々の霊を弔う諸聖人の日だから」とメルキオールが教えてくれる。ハロウィンの翌日十一月一日は、昔の鐘つきの人々が教会で一晩じゅう弔いの鐘を鳴らしつづける体力をつけるため、芋や栗を食べていたことから、カタルーニャではパナジェッツや栗を食べる日(カスタニャーダ)としてなじみが深い。十月の終わりになれば、焼き栗屋台の黄色い灯りが街のあちこちにともり出すそうで、炒った栗をわら半紙の筒に入れてもらい、皮をむいて頬張ると、冬がやってきたと感じるのだとか。
「次回ライエで出したるわ」
 イグナシが担当する新作ポストレを、わたしたちは楽しみにしている。ごまかしの効かないポストレで重要なことは、最良のレシピ、正確な計量とプロセス、良し悪しを見極める目、そして出来たものを愛おしく思うことだ、とイグナシは話していた。
 葡萄の房のように吊るされている小振りのパン・トマカ用トマトも、八百屋でひと房買い、シャイメの車に乗りこむ直前、わたしは思い立ってメルキオールに尋ねた。
「海にどんな底や壁があっても、ずうっと歩いてたら違う岸辺にたどり着くかも」
 メルキオールは奇妙なものを見ているように、あごを引いて眉間にしわを寄せる。
「暗くて見えないでしょ」
 身動きがとれない、と首を振る。そうだよ、とわたしは頷く。
「真っ暗なのに怖がる必要ってあるの どうせ何も見えないんだから自由じゃない」
 文字どおり闇雲に歩いて見えるものがあるとしたら、それは光に他ならないと思う。メルキオールは一呼吸おいて、破顔した。ね、それって、と笑いこける間に声をしぼり出して言う。
「何も見えないほうがいいだなんて、とびきり逆しまな自由だ」