メルキオールとわたし Melchor 失われた時を求めて

 

 たぶん夢を見た。赤道直下にありながら山頂に万年の氷雪をいだく山に、サグラダ・ファミリアの森が広がり、賢王となったメルキオールが動物たちを従えて大森林をかけめぐっている。不可視のライオンでさえひれ伏す完璧な上半身をさらし、両腕を逞しくあげた背中にだけ挫折の傷痕が無数にある。わたしはメルキオールが生きて戻ってきてくれたことを大層よろこび、動物たちも二本足で立ち上がっては優しい嘘のような拍手を惜しみなくおくる。巨木の上方につくられた王座はカマンベールチーズを食べる唇のソファで出来ている。そこからメルキオールがこちらを見ている。
「二ヶ月前のサグラダ・ファミリアのボヤ騒ぎ、ぼくがやったんだよね」
 賢王は言った。確かにサグラダ・ファミリア教会では火災が発生したけれど、それは昨年四月の事件だろう。宗教儀式に用いられていた地下室から出火したらしく、数点の調度品が損失したほか、関係者が何人か煙を吸いこんで病院に運びこまれたという記事を読んだ覚えがある。
「もう犯人は捕まってる、燐寸をたくさん持ってた人だよ。メルキオールじゃないでしょう」
 王座を見上げて内心ぞっとした。実際には決して見ることのない歪んだ笑顔を、メルキオールのなかに見たからだ。狂ったままのデッサンを正確に彫刻したような、石の顔をしている。
「うん、放火を止めようとしたんだけどさ、出来なくて。正直、もう燃えてもよかった」
 どうして、とわたしは訊いた。ガウディの建築はメルキオールにとっても崇高な事物に相当するはずだし、何より自分が燃えてしまっても構わないという口振りに困惑する。
「〝魔女たちの夜〟に言ったでしょ。火は身の潔白の証明、浄化作用があるんだよ」
「必要ない、教会にもメルキオールにも」
 不思議に思うことがある。わたしが出会う南米や南欧の人たちは、時に過剰なくらいの陽気をまとって生きている、ように見える。明日のことを今日のうちに悩むなんて馬鹿げているとか、すべて良くなるから心配いらないとか、本当にそうなのかもしれないけれど、他方で長いこと懇ろに愛情を注いでいたものに対してすら、自分から離れてしまえば一転して薄情なくらいすぐに忘れられる。まるで楽観的じゃないと生きていけないことの裏返しで、悲観的なことを真剣に考え出すと彼らは危ないのかもしれないと、懐疑的な見方さえしてしまう。
 シャイメが言ったとおり、スペインは〝死の国〟かもしれない。ごく当たり前の人間が、崇高な理想のために簡単に死んでいく『誰がために鐘は鳴る』の舞台を内乱後のスペインに選んだヘミングウェイは、明るく乾いた風土の背後に漂う途方もない寂しさに突き当たっていたのだろうか。太陽の光が強烈になるほど、影も色濃くなるのが摂理だもの。
 絶対どこかにあるはずなんだ、とダリの謎解きのように目を凝らしてきた。わたしは今こそ、そうして見ようとしていた影の部分にいるのかもしれない。自然光を最大限にとりこむサグラダ・ファミリアからの日射しを浴びながら、エドワード・ホッパーの絵画よりもくっきりとした単一色の影に浸かっている。
「メルキオール、同じ〝魔女たちの夜〟に、カタルーニャじゃ炎は肉を焼くか踊り狂うためにあるって、わたしに言ったよね」
 贅沢な光を背にした王座をにらみあげる。真正面から物事を見るだけじゃ、このさびしい王様が何をこわがり、何を面白がっているのか、わかる日なんて来るはずもない。
「うん、言ったね」
 メルキオールは横たわったまま頷く。
「自分を焼くくらいなら踊るほうがよっぽどいいよ、テレノベラみたいに馬鹿げてたって」
 メルキオールは駱駝みたいな目を回しながら、「じゃ、ぼくと踊ってくれるの」と優雅に首をかしげた。
「きみの体は少し宙に浮いてるようだから、ぼくも浮かれ気分でいられる。きれいな爪先を踏みつけて粉々にしてしまうこともないだろうから」
 悪いようにはしない、と気だるく言われて癪にさわる。宙に浮いたまま一向に帰ってこないのは、メルキオールのほうなのだ。
「時々踏んづけても、同じ場所で踊らなきゃ楽しくない」
 降りてきなよ、とわたしは言った。
「ぼくが踏んづけて粉々にしちゃったら、きみが目覚めて終わるだけだ」
「目覚めた先で踊ればいい」
 メルキオールは首をゆっくりと横に振った。
「だって〝彼女〟には抗えない、〝彼女〟は酸素と二酸化炭素に囲まれて空中に漂ってるから。〝彼女〟は骨の中にいるからね、ぼくの骨の髄で、ぼくになじんでるんだ」
 彼女って誰なの、と訊いても夢だからなのか反応しない。もともと想像以上に人の話は聞いていないけれど、まるでカタルーニャの巨大人形のようだ。バレンシアの火祭りだと、一年かけて作られた張り子の人形たちは、最後の夜にかがり火に入れて燃やされる。
 メルキオールを駆り立てるものは何だろう、と度々考えていた。三度の飯より頭の栄養をとりたい人間だから、崇高な夢や理想がそうさせるのだと思っていたし、多分そうなのだろう。見えているのに辿り着けない水平線と同じものを追いかけているとしたら、それは同時に死や終焉への漠然とした恐怖にもなり得ると思う。わたしにとって羨ましい豊かな肉体も、メルキオールにとっては常に死を意識させる牢獄のようなもので、そこに最初から閉じこめられている人生があるとしたら、退屈や絶望をまぎらわせることに必死になってしまうかもしれない。そうしてさらに理想は遠のくのだから、人生に嫌気がさしても無理はない。
「病床のモルソフ夫人は〝他人の幸福は、もう幸福になれない人にとっての喜びである〟と言ったでしょ。ロシオは幸福になれない、罪を犯して生きているから。ぼくは幸福にならない、生きることはなんらかの罰に違いないと思うから。じゃ、ぼくのために〝彼女〟の幸福を望んでもいいかなあ」
 メルキオールが淡々と言う。
 ねえ、彼女って誰のこと!
 わたしの声は思いのほか地響き、グリーンとオレンジの木漏れ日がこなごなに砕けてしまう。同じ色の破片がきらめきながら降り注ぐ。メルキオールの背中の傷は光の破片のせいだと思いながら、わたしは目を閉じた。

 異常な振動に目を開けると、セアト社のイビアの助手席にいた。車の時計は午前零時を回っている。トッサから海沿いの崖を走っていたはずなのに、車は舗装されていない真っ暗な山道を走っている。カサ・マルグラットとは逆方向だ。小型車一台がやっと通れる道には、木の根が無数に張りめぐり、ただでさえメルキオールの荒い運転に耐えている車がより一層派手に揺れている。もはや走るというより飛び跳ねるというほうが正しいくらいで、乗り物酔いをする人なら間違いなく吐いている。
「メルキオール」
「何」
「どこ行くの」
「ぼくにとって神社みたいなところ」
 しばらく木の根の波に車で揺られたあと、ようやくメルキオールは停車した。そこから暗闇の道を歩いていくと、轟々とひびくアンテナ塔を通りすぎたところに、やがてピソの居間くらいひらけた小高い丘の頂に出た。誰もいない。
「何ていうところなの」
「トゥロ・ダン・セッラ、日本語で小さい山みたいな感じ」
 何もない丘にひとつだけ、石を乱雑に積みあげて出来た釜戸のような十字架の祠がある。日本の道端にある道祖神や地蔵と同じく、民間の素朴な信仰を感じた。
「あれは何」
「さあ、知らない」
 知らないことはないのだろうけど、メルキオールは一切それに興味がないらしい。石祠には白百合が供えてある。足元にはマルグラット村のナトリウムランプの灯火がささやかに集まり、山側に建つアンテナ塔から、今ごろは人々が酒を飲みながらタパスを摘んでいるバルの集まる中心部まで、あわいオレンジ色の光の管がぎっしりと並ぶ家々の溝を血管のように通っている。そうした光を何も反射しない海面だけが、タールよりも濃い闇と同化していた。
 夜目がきくようになるにつれて、黒々とした宇宙に見える星の数が少しずつ増えてくる。やがて天球の一面いたるところで、ちかちかと万華鏡の変化みたいにまたたきはじめた。こんなに星をたくさん見たのは本当に久しぶりのことで、思わず声をあげてしまう。
「昔は父とよく来た。何か考えたいことがあるとき、ここまで走る」
 今日行った場所の中でここが一番きれい。そうメルキオールに伝えると、満面に喜色を湛えてくれた。
「メルキオールは偉大な民主主義者だし、自分のことすら笑い飛ばせるのに、こういう場所があるんだ」
 わたしには意外だった。
「人間喜劇に喜怒哀楽は必須だ。ぼくは一切まったく泣くことができないから、他の方法でそれをしなきゃ」
「泣きたいの」と訊いてみる。まさか、とメルキオールは乾いた笑い声をもらした。
「楽しいよ、きみと話してる」
 今はね、という最後は無視すべきだったのだろう。「これからも」とついむきになってしまう。
「もうすぐ帰るよね」
 メルキオールの目がとたんに鋭くなる。この人と話していると、生半可な発言を許してもらえない。根拠がなくても本気ならいいけれど、出任せや出鱈目ならすぐに暴かれる。
 そうだね、火走りの夜に帰国する。毎日気温が三〇度をまわる六月の夏休み、メルキオールと出会って三年、バルセロナで再会してから一年が経つ。
「電話やビデオで話せばいいよ、一昨年みたいに」
 今度は本気なのに口にするとむなしく響く。どうにもならない距離と時差が重荷になるのもわかっている。
「日本にいるときは毎日が楽しかったな」
 何の感慨もない声でメルキオールが言う。日本生活で嫌々言いながらもメルキオールは生き生きと日々学んでいたし、土日には必ず出掛けたし、最後のほうなんかカラオケの歌いすぎで声が出なくなるほど遊び呆けて、ビールはもう当分飲まないと疲れきり、挙句に帰国当日の全財産は五千円と一〇ユーロだった。
「非日常だからだよ」
 メルキオールはロシオの四年を長い夢だと言ったけれど、当人の日本の一年もまた当てはまる。
「じゃ、バルセロナもきみの非日常だ」メルキオールが言う。「ぼくたちが一緒にいると、どちらかひとりは日常にいないってことか」
 しばらくふたりとも無言になる。星の音がとたんにうるさい。メルキオールは射手座を背にして立っている。天の川の最も濃い領域にある射手座の方向は、それを透かして銀河系の中心を見ていることになると聞いたことがある。
「ふたりとも日常になれないの」
「それ言わないで」
 間を置かずに相当いやな顔をされて、なんで、と訝る。
 メルキオールの帰国日、何人かで回転寿司を食べに行った。最後だからやらせて、と手持ちの五千円を寿司の奢りに使ってしまい、空港のチェックインカウンターで手荷物が重量を超えていたときには、超過料金を払えないから簡単に自分のものを捨てようとする。メルキオールはそういう人で、わたしはこの人が大好きなんだけど、未来で一緒にいる光景となると、そんなものは想像できた試しがない。
「ぼくは『日はまた昇る』のブレットとジェイクみたいな、『谷間の百合』のモルソフ夫人と主人公みたいな、もっと言うとリットン・ストレイチーとドーラ・キャリントンみたいな、さんざっぱら悶着して最後に〝一緒になっときゃよかった〟なんて言いたくない」
 たとえこのあとの人生において、何ひとつ得るものがなかったとしても。
 メルキオールは言いきった。この人は、自分が丁寧に築きあげた知的な構想からの構築物––たとえばロシオとの関係だけど、そこに問題ないし欠陥を指摘されたら、二ヶ月前のようにへこんでしまうのだろう。なまじ頭がいいから間違いにはすぐに気づくし、面子のために食いさがるなんて無駄な抵抗もしない。そんなことはおくびにも出さずにいたけれど、メルキオールも内心では他人よりずっと葛藤して苦悩していたのかもしれない。何かを追求するための努力は、結局のところ独りきりでするものだと誰よりもわかっているからだ。親しくしている人たちに対してすら巧妙に彼の複雑さを隠せているのは、人を喜ばせるすべを心得ている分、ダリが自ら天才であることを演じていたように自己演出が上手いからで、メルキオールの知性を評価しているからこそ、彼らだって無理やり踏みこむことをしない。
「じゃ、どうするの」
「退屈したら次の楽しいこと見つける」
 メルキオールの次善の策は、深淵に飲みこまれないよう表面を漂うことらしい。世界は幾何学ではなく物語を語るように次々と新しい出来事が起こる。目もくらむほど動的に変化するなかで、より楽しい船を探しては飛びうつっていく。
 メルキオールの毎日に、わたしはそんなに似合わないのかなと思う。マルグラットの夜景に目を向けると、あー、と面倒臭そうな声がした。
「よくないほうに考えてるでしょ」
 仕方なく頷く。この説明は難しい、と前置きしてからメルキオールが話をつづける。
「人が見ている事象は過去のものだって日本できみが話してくれたとき、ぼくらはタイムマシンになって手をつなぐたびに時間を戻せるんじゃないかって、言ったでしょ」
 覚えてるかな、とメルキオールが柄にもなく懐かしむ。
「〝そんなの違うと思うよ〟って、きみは見事にくつがえしてきた。ぼくがどこから来てるかは、あんまり気にしてなくてさ。
〝メルキオール、あなたって人は間違いなく文句なしに頭がいいんだけど、時々本当に馬鹿なことを考えてるよね〟って。
〝タイムマシンはタイムマシンだよ、ウェルズが書いたようなやつ。わたしが言いたかったのは、単純に、時間と場所の相対性よ。今は説明できないけど理由がないのとは違う、わたしの知識に欠けてる部分があるだけなの〟––白状すると、この部分の日本語は半分も理解できちゃいなかった。でも、そのあとはよく覚えてる。
〝とにかくね、時間と場所があるから、わたしたちは移動できるし居場所を選べるでしょ。だからこそ、わたしは今ここにメルキオールといるんだけど……そういうことがどうでもよくなるくらい、手と手をつなぐのはいいものなんだね〟って、きみが言うんだよ。こんなの逆らえるわけない」
 メルキオールは星空のもとで輝いている。栗色の髪とそれより少し薄い肌が月明かりをやわく反射し、灰色の両目は闇夜に浮かんでいる。ターバンとクルタ・シャルワニを巻いて砂漠に置いたら、完璧にアラジンだ。
「それで、ぼくには長らく疑問に思うことがあって––たとえば、分子なんかの化学反応や自然現象の運命は一意に決まってるでしょ。今を経験していくだけのそれらとぼくらがどう違うのか、ぼくには区別がつかない。どうせ何をやっても結果は同じだし、すべての化学反応なんて把握できるわけないんだから、ぼくらは自由に生きていいよね。で、この〝自由〟ってどうなんだ?
 きみっていう人は日本人らしく日本人をしてて、本当のところ、他人を救うことで自分自身を孤独から救ってる。不安なときほど素っ気ない。その深さと一生付き合っていかなきゃいけないって辛いだろう。でもさ、そこで生きてきたきみこそが、ぼくの閉塞した思考の壁をいとも簡単に打ちやぶるんだ」
 シュクラン、とメルキオールはアラビア語で礼を言う。月明かりや白熱灯のもと、なんとなく輪郭がわかる程度のところに浸っていたいけれど、メルキオールといたらそうはいかない。わたしの体にある引き出しを次々に開けられ、率直に白日のもとにさらされる。今までならヘミングウェイの文章体と同じく、わたしのなかに書くべき心の動きなんてそもそも起きてこなかった。わたしのまわりで起こる様々な出来事は、そこにあるだけで特別なにか感情を動かすものじゃない。わたしはとびきり細くてそこそこ強い糸一本で人生を保っているけれど、それがどのくらい些細なことによって切れるか、自分でも把握していないし、鉄道のホームやそういう場所では、可能なかぎり真ん中にいるよう努めている。
 わたしにとって〝場所〟は状態の変化でもある。こことあそこを区別したいなら、場所の違いが意識できなければいけない。そのために距離感として時間も必要になる。この相対性があるから、わたしは自己を認識して維持できているけれど、それを思うたびに自分は独りだということが悲しくなる。タイムマシンの話で言いたかったのはこういうことなの、と以前は説明できなかったことを伝える。
「メルキオールと一緒にいたいなら、わたしは孤独でいなくちゃいけないの?」
 なんだか矛盾している、とわたしは思う。
「違う、極論だ」
 メルキオールは明らかに困り、むずかっている子どもを持て余すような顔つきになる。思考しながら頭をなでられると、ああこの人はもう、と言いようのないやる瀬なさに駆られる。
「目に入れても痛くない。ぼくは自分の骨という骨、皮膚という皮膚にいたる自分の全部で、きみの存在を感じる。きみを評価してる。どうしたら、本当にどうしたら、この子に信じてもらえるのかな、共に生きていけるのかなって考えてる」
「骨と皮膚まで」
「あと血も」
 血!
 勢いのある矢が飛んできたみたいだった、しかも露ほども心当たりのないところに。頭の中が白く溶け落ちる気がする。メルキオールはくつくつと笑う。
「そんなふうに見えない」と驚けば、「そんなふうに見せてないから」と茶化してくる。
 どうしていいのかよくわからず、体の奥底のほうから聞こえてくる鈍くて熱い心臓の音と笑い声を聞いていた。メルキオールの言葉は、度々わたしを喚起する。そうして皮膚の下から照り出すものは喜びだ。至福がヴァントゥイユのソナタのように余韻を残し、張りつめた糸がゆるんだときに生まれる心地よさで、細胞がひとつひとつ生き返る。それは常に新しい。
「ぼくは心から祝福して、きみが望むところへ送り出せる。ぼくはきみの成長が何より喜ばしい。きみの幸福が何より嬉しい。
 きみの身に起きる変化は、ぼくにも必ず何かしらの影響を与えるだろうし、逆も同じだって思える。同時に何も束縛したくない。だからこそ待つことはしないし、血縁とか言語とか、そういう甘えたり縋ったりするつながりを一片も持って生まれなくて良かったと思ってる。何故って、きみとの関係すべてがぼくにとっての自由になるから」
 メルキオールは、わたしたちが重なり合う領域にひとつの家を持っていると言う。そこはいつでも帰れる場所だから距離なんて存在しない、つまり時間との関係もないのだ、と。
「居場所があるからこそ、ぼくらは移動しつづけなきゃ。何があるのかわからないけど、今のぼくは独りで雪山を登りはじめた思いだ。どこでもつながるテレパシーがある、とても真剣に。時々きみがくれる連絡に笑かされて、ぼくはまた頂上を目指して動いていける」
 信じて、とメルキオールは言った。確かめるように抱きあうと、メルキオールがどのように出来ているのかよくわかる。高い身長、厚い筋肉、頑丈な骨格、豊かな肉体を持て余すように動き回って、動き回って、大きくするのは自分の器だ。
 夜空の星座は、昔の人がばらばらの星を線で結んで形にした。誰かが上を向いて見つけた星が銀河系の片鱗なら、わたしが下を向いて見つけたポルボロンの屑だってそうなり得るだろう。人は過去へ向かう量と未来へ向かう量が交差する現在という点を動いていく。星座のようにどんな点を選びとるかは自由で、メルキオールがそこからわたしをつなげてくれたなら、もうその時点で独りじゃない。見えるかもしれない像に形を与えるのは自分次第だし、そこに線をひいて何かを見出すことは半分くらいが作り話で出来ている。
 その昔、人類が別々の言語を話すようになったみたいに放っておくとばらばらになっていく世界で、人は無限の可能性を持つ赤ん坊から人生の時間の経過とともに、この人間はこんな人ですと集約されたひとつの情報にまとまり、最小になる。メルキオールがいて、わたしがいる。自分はこれに尽きている。わたしはメルキオールを思うたび、一番じかに永遠を感じる。

 翌日、メルキオールとわたしは騒音と汚れと色彩と轟音のバルセロナに戻った。「出て行かれたのかと思った」と泣いて謝るシャイメを寝かしつけ、大麻を除いた彼のドラッグはメルキオールがすべて捨てた。
 イグナシは来月から、モスクワのレストランで働くことが決まり、寒い遠い寒いとわたしたちは嘆くけれど、本人はロシア料理が会得できると喜んでいる。
 メルキオールは、バルセロナ大聖堂のポストカードをロシオへ送った。書き出す文字を思考に追いつかせるため、いつもカタツムリのぐるぐるが並んだような字を書くくせ、カードに添えられた「また会おう(ノス・べモス)」のひと言はとても力強く見えた。アルゼンチン行きの貯金も再開している。
 今朝のわたしは、ちゃんと計算した小銭を握りしめ、『マルソナ』で焼きたてのクロワッサンをふたつ買った。青空は三角より広く、朝日がまぶしい。
 これから当分のあいだ、わたしはメルキオールの真夜中に目覚めて白昼に眠り、メルキオールはわたしの夕暮れに目覚めて夜明けに眠る。見果てぬ夢のようだけど、メルキオールとわたしの居場所は過去と現在をまたいで〝そこ〟にありうるもので、ふたり手をつなぎ、どちらも宙に浮いてしまわないよう、時々は向こうの爪先を踏んづけながら一緒に踊れるとしたら、さぞかし愉快な人生だろう。
「マドレーヌのほうが好きなのかと思ってた」
 いつも買ってたから、とメルキオールが朝食の席につきながら言う。失われたものをとり戻すため、ヘミングウェイやわたしがマドレーヌを何個も紅茶にひたして食べたとしても何も飛び出してきやしない。プルーストが発明した印象を共有しないかぎり、それは名ばかりの別物でしかないのだから。
 メルキオールとわたしはクロワッサンにバターを塗り、マルメロのジャムを盛り、泡立てたカフェオレにひたして食べる。
「クロワッサンが好きよ、とびきり美味しい食べ方を知ってるから」
 それに、自分の五指のあいだにぴったり合う指も知っている、とわたしは言った。メルキオールはひと口食べたあと頷き、くぼんだ目の底からすこし泣いた。